2019年07月18日

そりゃあ甘口カレーが嫌いなやつはいねぇよ『Diner ダイナー』



 世界の連続殺人鬼についてのノンフィクション本『異常快楽殺人』や、ホラー(?)小説『メルキオールの惨劇』などで知られる平山夢明の小説の映像化。元殺し屋のシェフが切り盛りするダイナーは殺し屋専門店。狂った殺し屋だらけの店で働くことになったごく普通のウェイトレスは無事生き残ることができるか!?

 夢も希望もない人生を送っていた普通の女、オオバカナコ(玉城ティナ)は「日給30万円」という怪しげなバイトに手を出すと、それは二人組の銀行強盗を逃がすゲットアウトドライバーの仕事で、カナコはカウボーイ(斎藤工)とディーディー(佐藤江梨子)を逃がそうとするも失敗、悪党どもに捕まって拷問。カナコは「わたしが料理ができます!」と唯一の取柄があることを伝えて命乞い。殺し屋専門のダイナーを切り盛りする元殺し屋のシェフ、ボンベロ(藤原竜也)に売られることに。

 この藤原竜也の演技がいつも以上にひどく

「俺はー、ここのー、王だ!」
「砂糖の一粒までもが俺に従う!」


 とカイジの「キンッキンに冷えてやがる!」とまったく同じノリの演技で見ていられない。でも彼が主役なのでこの映画はすべて彼がリードするのです。

「この店はー、皿の置き方ひとつで、殺されることもある!」

 という凶悪な店で、壁にはすでに殺された8人のウェイトレスの写真が飾ってある。トイレ掃除ひとつまともにできないカナコは9人目いりするのは間違いない、がボンベロの目を盗んで金庫のダイヤルを開け、中にしまってある1億円以上するディーヴァ・ウォッカを自分しかわからない場所に隠してしまう。ちなみにダイヤルの番号は5648、殺し屋!(こんな番号、誰でもわかるわ!)
 カナコはディーヴァ・ウォッカを人質ならぬ酒質にして自分を無事解放した時に隠し場所を教えるといい、とりあえず身の安全を図ることに成功。ボンベロはカナコを忌々しく思いながらも彼女を殺すわけにはいかなくなるのだった。

 店には入れ代わり立ち代わり色んな客(殺し屋)がやってきて、一騒動起こす。「砂糖の一粒までもが俺に従う!」とか言ってたけど殺し屋たちはボンベロのいうことなんか無視して騒いだり、殺しあったりする。殺しあうとはいっても、血の代わりに羽毛が飛び散る程度の描写なので、予告編などから相当にトチ狂った世界観を見せてくれるんだろうなーと期待した観客の気持ちを見事なまでにスルーしてくれる。殺し屋たちはいずれも無意味に「キャハハ」と笑って騒いで暴れまわる。なぜ笑うのか?そこには何の意味もなく、ただ「狂っているから」ぐらいの答えしかないのだろう。

 所詮、監督の蜷川実花の考える狂気の解釈がそれぐらいなのだろう。なにしろレイティング「G」だもんな!

 中盤からボンベロとカナコは心を許しあうようになる。カナコは小さいころに母親が姉を連れて家を出て行ってしまい、「自分は何の価値もないから捨てられた」と思いいつもひとりぼっち。この世に自分の居場所などないと思い込んでいるカナコは初めて自分を必要としてくれるダイナーを見つけることになるのだが、ボンベロが所属する組織の跡目争いに巻き込まれ命を狙われる。しかしボンベロが身を挺してカナコを助けだす。

「この世には、お前を必要としてくれるやつがきっといる!」

 カナコはうまく逃げられたら飲食店を開くから、そこで待ってると。うわっ、こんなしょっぱいラブロマンス劇になるとは・・・

 原作のカナコはどうしようもないクズ女で、できちゃった婚で生まれた子供を放って男遊びにふけったり、挙句その子供を自分のせいで死なせてしまったりする、読者がどうしたって共感できないキャラクターにされてるのに、映画では観客が共感して応援できる人物にされてしまい、その時点で蜷川実花のセンスのなさがねぇ・・・見ていられない。

 平山夢明の『異常快楽殺人』を読んだときは、本当に狂った殺人鬼の詳細なルポに胸糞悪くなるほどの嫌悪感を覚えたけど、何度も読んでしまうんだよなあ。本当にイカれた人間のすることになぜか心惹かれてしまうのだ。そんな風に思わせてしまう平山夢明の筆致のせいもあるのだろうが、やりすぎ、書きすぎにまで到達した表現には万人に受け入れられようとしたソフトな作品にはない、本物の中毒性がある。

 それを口当たりのよいまろやかな甘口カレーレベルに貶めた(そりゃあ甘口カレーが嫌いなやつはいねぇよ!ってわけでヒットはしているそうだが)蜷川実花は極刑に値する。
 もっと病みつきになるレベルの、ブラックカレーが食いたいんだよ!

  


Posted by 縛りやトーマス at 13:12Comments(0)映画食べ物

2019年07月18日

実写化も東京オリンピックも中止だ中止

 ハリウッドで実写映画化が予定されていた『AKIRA』の製作が中止に。


『AKIRA』実写映画が無期限休止 急転直下の展開にファン衝撃

https://kai-you.net/article/66025

 レオナルド・ディカプリオがプロデュースし、ニュージーランド出身の映画監督、役者でもあるタイカ・ワイティティが監督する予定のハリウッド版『AKIRA』は2021年に公開するという時期まで発表して(それが今年5月のこと)、制作がスタートしていたはずだが、ワイティティ監督が『マイティ・ソー』シリーズの新作の監督に決まったため、撮影時期がかぶる『AKIRA』は無期限の休止ということに。

 企画自体が消滅したわけではないのが救いだが、『AKIRA』実写は噂に上っては消え、ハリウッド版に関しても何度となく企画が上がっては実現しない、の繰り返しだったので、公開時期まで発表されていた今回の企画には一部で期待が寄せられていたのだけど・・・

 そもそも「アメリカの支配なんかいらねぇ、ここは俺たちの国だ!」と戦後アメリカの支配にNo!を突き付ける原作漫画(アニメ版はともかく)をハリウッドで映像化するのは難しいのでは?どうせアメリカ人が主演するんだし。

 いっそのこと作品内の東京オリンピック(2020年に開催する!)のように中止だ中止!粉砕!




  


Posted by 縛りやトーマス at 00:07Comments(0)映画漫画ハリウッド・スキャンダル

2019年07月08日

お祈りに意味はあるか『僕はイエス様が嫌い』



 この映画の監督、奥山大史はなんと22歳だという。22歳の人間が撮ったとは思えないような内容だし、熟練のベテランじみた演出で唸らされる。

 小学生の由来(佐藤結良)は東京から雪がつもる地方の学校へ転入してくる。その学校はミッション系で、毎日礼拝を欠かさず、ひとりひとりが自分だけの聖書を持っていて、賛美歌を普通に歌えるほかの生徒たちをなんだか「気持ち悪い」と思ってしまう由来には中々友達ができない。ある日、礼拝堂でひとり信じてもいないイエス様に「どうか僕に友達ができますように」とお祈りする由来の前には小さな小さなイエス様(チャド・マレーン)が現れる。
 イエス様は浮かび上がって消えてしまう。礼拝堂から外へ出た由来は小屋から逃げた鶏を追いかけるクラスメートの和馬くん(大熊理樹)を見つけ、鶏を一緒に捕まえる。サッカーは好きかと聞かれた由来は和馬くんとサッカーを通じて友達になる。転校してから元気のなさそうだった由来は食卓で和馬くんの話をするのを見た両親やおばあちゃんは顔をほころばせる。
 それからというもの、祈りを捧げる由来の前に度々イエス様は現れるようになり、ほんのささいな願い事をかなえてくれるように(本当に、ものすごく小さなことだけかなえてくれる)。


 チャド・マレーンがイエス様という配役は意外すぎるように思えたが、画面の中で小さなイエス様がちょこちょこ動き回って、由来がトントン相撲させたり(なにさせてんの)するのを見て、ほっこりした笑いが漏れてしまい、もうチャド・マレーンはどうしたってイエス様にしか見えなくなる。由来や和馬くんをはじめとする小学生たちの演技がなんとも可愛らしいのだ。奥山監督はシーンのシチュエーションだけを与えてセリフはアドリブをさせたといい、それぞれの場面にはごく普通の子供が映っているだけなのに、計算しつくされた匂いがするが、隅々まで演出でガチガチに縛っていたらあんな場面にはならないだろう。日常を描いた家族の食卓の場面も素晴らしく(今の家庭はどうか知らないが、かつての家族の日常は食卓からはじまる)、その日常にイエス様という異分子が紛れ込む演出も若手とは思えない。和馬くんのお母さん役の佐伯日菜子の「優しくて綺麗なお母さん」演技も、彼女が色んな経験を経て「お母さん役」を演じているのを見ると・・・涙がこぼれちゃう。


 イエス様のことを信じ始める由来だったが、ある出来事をきっかけにイエス様を疑いはじめる。どんなに祈ってもイエス様は現れないからだ。ようやくあらわれたイエス様を由来は叩き潰してしまう。


 クリスマスのプレゼントを強請る子供だってやがては「サンタなんかいない」という現実を知って大人になる。だが何かのために一心に祈った子供のころの体験が現実であるように、クライマックスはどこまでも浮かび上がっていく俯瞰の映像。イエス様は確かにいたんだ!
 改めてこれを22歳の日本人が監督していることが驚き。


  


Posted by 縛りやトーマス at 15:34Comments(0)映画

2019年07月06日

また月曜から仕事です『X-MEN ダーク・フェニックス』



 サイモン・キンバーグプロデュースによるX-MEN実写新シリーズの第4弾にしてシリーズにいったん区切りをつける最終作。X-MENは実写映画で大ヒットを飛ばしている『アイアンマン』『キャプテン・アメリカ』、『アベンジャーズ』などと同じマーベルコミックの作品だが、実写映画は『アベンジャーズ』のマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)がディズニー、X-MENは20世紀FOXが制作している。なのでX-MENのキャラクターは『アベンジャーズ』などに出演できないわけだが、数年前にディズニーが20世紀FOXを買収して傘下に収めたため、今後MCUにX-MENメンバーが出演する可能性があるわけだ。そのためか、今回の『~ダーク・フェニックス』で新シリーズは一旦終了、打ち止め。そして最終エピソードとして選ばれたのは原作屈指の衝撃度大のダーク・フェニックス・サーガ。X-MENのジーン・グレイ(ソフィー・ターナー)が闇落ちして、仲間のミスティーク(ジェニファー・ローレンス)を殺してしまう。
 力を制御できなくなったジーンは最強最悪のダーク・フェニックスとして地球上の全生命を抹殺に追いやろうとする。この事態にプロフェッサーX(ジェームズ・マカヴォイ)らX-MENたちと、敵対していたマグニートー(マイケル・ファスベンダー)らは協力してジーンの暴走を止めようとする。

 ってこれ、前にやった『X-MEN ファイナル・ディシジョン』(06)と同じやんけ。『~ファイナル・ディシジョン』はMCU以前に作られ、マーベル実写映画人気の先駆けとなったシリーズで、これがなければアベンジャーズ人気もなかったぐらいの作品だ。このシリーズは3本目の『~ファイナル・ディシジョン』で一旦打ち止めとなったが、その時もダーク・フェニックス・サーガが原作だった。それぐらい区切り、終わりを告げるに相応しいネタということ。
 が、『~ファイナル・ディシジョン』はさんざんな出来だった。しかも『ダーク・フェニックス』のプロデューサーのキンバーグが脚本に参加してたの!ファンからすれば同じネタで二度目の失敗はありえないだろうと、期待してたのに、今回もさんざんな出来でした!

 この『ダーク・フェニックス・サーガ』って、『アベンジャーズ/エンドゲーム』と同じで、「世界を救うために大きな犠牲を払うが、その犠牲が大きすぎて喪失感が埋められない」ってことなんだけど、『~ファイナル・ディシジョン』も『~ダーク・フェニックス』も犠牲が軽い。こんなことになったけど、また明日から仕事なんで、早く帰って月曜から出社してください、みたいなの!仕事なんかしたくない!
 こんな犠牲では納得できない。二度同じ失敗は許せない。

  


Posted by 縛りやトーマス at 22:53Comments(0)映画漫画特撮・ヒーロー

2019年07月03日

「らしくない」大洗の戦い『ガールズ&パンツァー 最終章 第2話』



 全6話を予定している最終章の第2話。河嶋桃の留年を回避すべく参加を決意した『無限軌道杯』に挑む大洗女子学園戦車道チーム。一回戦の相手、BC自由学園は内部進学組と外部受験組の派閥による対立が絶えず、チームワークの悪さが秋山優花里による(いつもの)潜入調査で明らかにされており、それに付け込んだ作戦を展開する大洗だが、対立は偽装で罠に嵌められた大洗戦車道は窮地に陥るが、脱出に成功、仕切り直しとなる。

・・・までが第1話。BC自由学園との後半戦は、内部組と外部組の対立を偽装させられたことによる苦戦を舐めた大洗だが「実は対立自体は続いており、無限軌道杯のために一時手を組んでいるだけなのでは?」と推察、BC自由のソミュアS35と大洗のカモさんチーム(生徒会)が乗るルノーB1bisが似ている(同じ砲塔のバリエーションである)ことを利用した作戦で外部組のリーダー安藤と内部組リーダー・押田の仲たがいを再発させることに成功。隊長であるマリーがチームをまとめなおして奮戦するも、最後には大洗が見事勝利、試合後は互いの健闘を称えあって自由BCからケーキをふるまわれる。
 2回戦の相手は日本製九七式、九五式を戦力とする知波単学園。深く考えずに突撃!突撃!また突撃!が主な作戦の戦車道チームだけに楽勝ムードが漂うも、第63回戦車道全国高校生大会で一回戦惨敗した経験から突撃以外の作戦を重んじるようになり、しかも試合会場がジャングルという地の利もあって、大洗は再び苦戦を強いられる。


 テレビ版、続く劇場版では廃校の危機から脱すべく「敗者の戦い」を強いられていた大洗女子学園戦車道チームが、この最終章では全国大会の優勝チームとして「王者の戦い」を展開するはずだった。
 しかし足りない戦車の数はさらに追加されるほど充足し、経験の少なさも全国大会、劇場版のエキシビジョンマッチを経て充分にカバーされた。その大洗がBC自由との戦いで見せたのは「相手を舐めたがために苦戦する」というもの。
 そもそも「河嶋桃の留年を回避する」という理由づけも今一つ応援しづらいのと、戦い方も相手の仲間割れを誘うというもので、とても王者の戦いには見えない!しかもクライマックスでは安藤、押田、マリーの奮戦だけが目立ち、続く二回戦も劇場版でバンザイ突撃を繰り返す様が笑えるネタとして扱われていた、ヘナチョコだった知波単の成長ぶりを見せつけられちゃって・・・この最終章シリーズでは大洗よりも対戦校の方に声援を送ってしまいがちなのだ(そういう方向性なんですか?)。

 まったく主人公チームが主人公らしくない最終章シリーズは一本の製作期間が一年半という余裕のあるスケジュールを組まれたことで、目を見張るハイクオリティな戦車戦が展開されるようになった。テレビ版制作時ではスケジュールに間に合わず、予定の放送を延期するという事態にまで追い込まれていたことと比較しても恵まれた制作環境のはず。ところがストーリーとしてはなんともモヤモヤしてしまう。まるで王者の戦いができる立場にありながら、らしくない戦いをしている大洗戦車道のようではないか!

「つまらない」「駄作だ」なんていいませんよ。最終章だって面白いのだけど、この「らしくなさ」はどうも引っかかる。これが残り4話でどうなっていくのか、あと6年かけて期待させてもらう。

  


Posted by 縛りやトーマス at 15:35Comments(0)映画

2019年06月29日

ファンドは絶対上がるんだ!『神と共に 第二章 因と縁』




 火災現場で死亡した消防士ジャホンの前に現れた冥界の使者カンニム、ヘウォンメク、ドクチュンの3人ははジャホンを生前、善行を積んだ貴人として生まれ変わることができる七大地獄の裁判を受けさせる。すべてに無罪を勝ち取ればジャホンは生まれ変わることができるのだが、裁判の度にジャホンの隠された秘密が暴かれ、実は貴人ではなかったのではないか?という疑惑が。一方、現世ではジャホンの弟スホンが不慮の事故死を遂げ、その死を隠蔽されてしまったことで怨霊と化してしまい、現世も冥界も大パニック。使者3人の活躍によって騒動は収束し、ジャホンとスホン、そして母親とのあまりに悲しすぎる家族愛の物語が裁判の度に明かされていき、結末は涙ボロボロの大号泣・・・

 で、完結した物語の続編。前回で完結しきっているはずですが、続編では3人の使者の過去が明かされる。そして前回ラストで思わせぶりに登場した屋敷神ソンジュ神、マ・ドンソク兄貴が今回メインで登場!あの思わせぶりでいかにも何かをやってくれそうな感じの登場だったドンソク兄貴が色んなトラブルを腕力で解決してくれるんですね!と大いに盛り上がった。ちなみにドンソク兄貴のクレジットはハリウッド対応のドン・リー名義です。

 カンニム(ハ・ジョンウ)ら3人の使者は今回、ジャホンの弟スホンの裁判を任されることに。彼を生まれ変わりさせれば49人目となり、カンニムらも生まれ変わることができるのだ。しかし怨霊となって大暴れしたスホンを守ったり、現世で色んな厄介ごとに手を出したせいで閻魔大王(『新しき世界』のイ・ジョンジェ)のお叱りを受け、裁判どころではなくなるのだが、カンニムらはスホンが無念の死を遂げたことを証明するとし、できなかった時は3人の使者の肩書を返上し、地獄に永遠に留まることを誓う。閻魔大王は裁判を行う交換条件として、現世でホ・チュンサムという老人の魂を連れてくること、それをことごとく妨害する屋敷神・ソンジュ神(ドンソク)を捕まえることを提示する、


 そしてスホンの裁判はカンニム、現世にはヘウォンメク(チュ・ジフン)とドクチュン(キム・ヒャンギ)が向かうことに。前回とは逆になってるところが観客に「同じことやってるだけじゃないの?」と思わせないようにする工夫が利いている。
 ソンジュ神はボロボロの家に暮らす老人チュンサムと孫のヒョンドンを悪質な立ち退きから守るために居ついていて、とっくに寿命が尽きているチュンサムが孫の小学校入学式を見届けるまでは、という条件でヘウォンメクらを説得、何しろ腕力ではまったくかなわないので、渋々二人はソンジュ神と共に老人らの生活を見守ることに。
 このソンジュ神、「守る」といっても屋敷神なので現世の人間には手を出せない(この屋敷神がどういうものかという説明はあまりされないので、ルールがよくわからない)。ヤクザな連中が来てもドンソク兄貴はやられっぱなしなのだ。なんか、思ってたのと違う・・・
 挙句はチュンサムが受け取っていた立退料を勝手に投資に突っ込んで、大損していた(!)ヘウォンメクから「なんでマンション買わなかったんだ!」と責められると「バカ!マンションなんかすぐに価値が下がっちゃうんだぞ!株やファンドは、絶対上がるんだ!」とどこまでもダメダメな神様。これじゃあ貧乏神だよ・・・

 ソンジュ神はヘウォンメクやドクチュン、カンニムらの過去を知っており、彼らが高麗時代の人物であることが語られていく。今回は同じ時代に生きていた使者たち3人の「因と縁」がメインのお話になる。

 使者3人のうちカンニムだけは過去の記憶を持っており、その記憶を消して生まれ変わりたいと思っている。彼はスホンが「無念の死」を遂げたことにこだわっており、生前の冴えない人生にウンザリして「地獄にいる方がマシさ」なんていって生まれ変わりたいとまったく思っていないスホンに「なんで俺にこだわる?」なんて言われてる。カンニムがスホンにこだわる理由は自分が無念の死を遂げたからだ。
 高麗時代に高名な将軍の父親カンジュの子で自分も将軍だったカンニムは敵対する女真族の兵にまで慈悲の心で接する父の態度に納得しておらず、戦災孤児を自分のもとで養子として育てたうえに自分よりも可愛がっていたことに反発する。やがて剣の腕も人として器の広さでもかなわないようになった義弟を疎ましく思うカンニム。

「俺はその弟に殺された」

 一方現世ではソンジュによってヘウォンメクらの過去が語られる。ヘウォンメクは高麗時代にあまりに強すぎて敵の女真族もその姿を見れば逃げ出してしまう、と言われいつも白い毛皮を首に巻いていたことから「白い山猫」と恐れられた将軍だった。彼が辺境に向かった際、戦場で両親を殺され、天涯孤独となった女真族の少女ドクチュンを見逃す。彼女は同じように孤児となった子供を集め、山奥の小屋でひっそりと暮らすようになるが、ドクチュンはまたヘウォンメクに見つかってしまう。
「二度と南方に来るな」
 ヘウォンメクは小屋の子供たちを世話して二度、ドクチュンを見逃す。が、病気になった子供のために薬草を取ろうとして山を南に下ったドクチュンはまたヘウォンメクに・・・
 結局ヘウォンメクの部隊は軍事物資をこっそり横流しして子供たちの世話をするように。しかし軍の上司であるミロン将軍にその行為が発覚し、裏切り者とさげすまされたヘウォンメクは飢えた狼の狩場に打ち捨てられる。だが死に物狂いで生き延びたヘウォンメクは小屋に先回りしドクチュンたちを逃がし、ミロン将軍と対決するのだが・・・

 前作と関係ありそうな冥界での裁判パートは簡略化され、前作とあまり関係なさそうな現世でチュンサムとヒョンドンを助けるパートはやたらと長いので、なんだこれはと疑問に思う時間が長い(なにしろ上映時間144分だし)なあ・・・と退屈気味な前半を越えたところで、今まで貼られていた伏線があっという間に回収され、これが家族愛と、贖罪、許しを乞うための物語であることが示され、趣向を変えながらも前作と変わらぬテーマを秘めていたことが判明するのだ。そのためにドンソク兄貴にあまり見ないような情けない役を演じさせるという大サービスぶり。すべての真相が明らかにされるクライマックスは前作以上の涙、涙の感動が待っている。すべてが分かった上で見ると、二度涙する。

 さらに、ポストクレジット後にまた号泣するこの映画は三度泣く。絶対、ファンドは上がるんだ!!


  


Posted by 縛りやトーマス at 14:59Comments(0)映画

2019年06月23日

自分を偉くみせるためのアピールに必死な前田有一

 自称映画批評家の前田有一が珍しくバズっていた。




 これは6月末から公開される映画『新聞記者』についてのツイートだ。『新聞記者』というのはどういう映画か、以下映画.comからの解説文を紹介しよう。

東京新聞記者・望月衣塑子の同名ベストセラーを原案に、若き新聞記者とエリート官僚の対峙と葛藤をオリジナルストーリーで描き出す。東都新聞の記者・吉岡エリカのもとに、医療系大学新設計画に関する極秘情報が匿名FAXで届く。日本人の父と韓国人の母のもとアメリカで育ち、強い思いを秘めて日本の新聞社で働く彼女は、真相を突き止めるべく調査に乗り出す。一方、内閣情報調査室の官僚・杉原は、現政権に不都合なニュースをコントロールする任務に葛藤していた。そんなある日、杉原は尊敬するかつての上司・神崎と久々に再会するが、神崎はその数日後に投身自殺をしてしまう。真実に迫ろうともがく吉岡と、政権の暗部に気づき選択を迫られる杉原。そんな2人の人生が交差し、ある事実が明らかになる

 政権の闇を暴こうとするジャーナリストと理想に燃える若手エリート官僚を主役にしたポリティカル・サスペンスで、舞台は日本ということから、加計学園問題を嫌でも想起させメディアに対する政府の介入がテーマ。
 前田はそれをチャンネル桜のコーナーで紹介していて、「忖度など無縁なガチ批評家の私は、こうした気骨ある映画と映画人を今後も堂々と紹介してまいります」と自らいうようにタブーとされるテーマに挑んでいる作品や製作者を支持したい、というわけだ。
 前田はこの手のタブーとされる(と前田は思っている)テーマを取り扱う作品に対してはやたらと評価が甘く、何か使命でもあるかのように語りだしはじめる。


松竹が原発タブー打ち破る 東野圭吾原作「天空の蜂」の衝撃度

「何より画期的なのは、堤幸彦という日本を代表する映画監督が、大手映画会社と一流のキャストで仕上げた堂々たる大作ということです。これほどのメジャー作品が原発タブーを打ち破ったことはかつてなく、その功績はとてつもなく大きい。日本の映画界、ひいては日本の未来を変える道筋を切り開いた堤幸彦監督と松竹の勇気を、今後すべての映画人は全力でフォローすべきでしょう」(前出の前田有一氏)

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/160787/2

私はこの映画を作り、上映する人たちに最大級の賛辞を送る。そして、彼らの勇気を無にしてはならない。日本には、ぶち壊さなくてはならないタブーがまだまだある
https://movie.maeda-y.com/movie/02029.htm


『新聞記者』についても

芸能界全般が忖度ムードに包まれる中、松坂桃李や本田翼をはじめ、出演した人気俳優たちの勇気も称えるべきです。安倍政権のもと、ここまで危険水域に踏み込んだ日本映画はかつてなく、映画としての出来もすこぶる良い。これほどの映画がもしヒットしなかったら、もう日本で社会派映画に挑戦する映画人なんていなくなってしまいますよ」(前田氏)
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geinox/256538/2

 この持ち上げよう。

 前田有一は彼がタブーに触れていると感じるテーマの映画について、

「どこも取り上げないだろうだから、自分が取り上げ、タブーを打ち破ってほしいと願い、こんな作品が次々作られてできればヒットしてほしい、いやヒットしなければならない。みんなで応援しよう。そして忖度せずにタブーがテーマの作品でもおそれずに紹介できる私はすごい映画ジャーナリストなんだ!

 という自分をアピールするのに必死だが、そもそも本当にこの手の映画はタブーなんだろうかと。
 前田は彼がタブーとされるテーマを扱った作品たちがまるで何かの圧力におびえながら制作され、一歩間違えば作品自体が封印されかねないような印象を持たせているが、本当にそんな圧力があったのなら公開されてないと思う。制作中、実際に圧力のかかった映画『宣戦布告』などがあるにはあるが、それでも内容の一部を修正して公開に至っている。
 ここからわかることは、圧力がかかったとしても公開することは可能ということだ。タブーとされても制作、公開はできるのだから、気にせずに作ってしまえばよいのだ。一番ダメなのは「これは政治的にややこしい問題をはらんでいて、タブーだからやめておこう」と思考停止に陥ることではないの?

 それをタブーだなんだといってる人の方がこの手の作品を制作することに対してハードル上げてるとしか思えない。
前田のような立場の人間がしなければいけないのは「こんなのタブーでもなんでもないのだからどんどんやればいい」ということで、政治的な問題をはらんだ映画作品をごく普通に取り上げることではないのか。なのに前田は「忖度など無縁なガチ批評家」と自画自賛して、さも自分は世間がタブーとされるテーマの作品も臆することなく紹介する、真の映画ジャーナリストなのだと言わんばかり。自分から「これはタブーだ」といっておいて!

 前田にとってこれらの映画を語ることは、自分を偉く見せるためのネタに過ぎないのだろう。彼がタブーだなんだと言い出して何かを語るときは、必ず前田有一という人物を偉く見せるためのアピールが入っているから、眉唾で読んで欲しいのです。

  


Posted by 縛りやトーマス at 19:22Comments(0)映画お前は何を言っているんだ

2019年06月22日

面白いこと考えてないと死んじゃうの!『スノー・ロワイヤル』



 誠実な仕事ぶりから“模範市民賞”を受け取るほどの普通で生真面目な男が一人息子をギャングに殺されたことから復讐の鬼と化すバイオレンス映画。主演も子供や家族に危険が及んだ途端、殺人マシーンに変貌する『96時間』シリーズ、『誘拐の掟』『ラン・オールナイト』のリーアム・ニーソンというので、どんな殺伐とした血みどろの物語かと思ってたら・・・予想が外れた

 コロラド州ロッキー山脈のある雪に包まれた田舎町キーホー。その町の除雪作業員ネルズ・コックスマン(ニーソン)は生真面目な仕事ぶりから模範市民賞を受け取るほどの男だが、授賞式のあと、一人息子のカイル(マイケル・リチャードソン、ニーソンの実の息子)が死体で発見される。ドラッグのオーバードーズで亡くなったという死因に「息子は薬物なんかしない」とネルズは否定するが警察は「親は必ずそう言います」と冷たく突き放す。
 空港で働く息子の同僚だったダンテが地元を支配するギャングのコカインをくすねたことからカイルは巻き込まれて殺されたのだと判明。頭に血が上ったネルズはカイルを殺したギャングのスピード(マイケル・エクランド)の居場所を聞き出す。
 カイル殺しに関わったギャングのスピード、リンボー、サンタを次々血祭に挙げると、死体は川に流す。浮かんでこないよう金網で包んで。ネルズはこれらの知識をいつも読んでいる犯罪小説から学んだ。(そんなんで殺されちゃうギャングって・・・)
 手下が次々行方をくらまし、サンタのコカインも消えてしまう。ギャングのボス、バイキング(トム・ベイトマン)は怒り心頭。ただでさえ彼は一人息子が学校でいじめられていたり(ギャングの息子なのに)、その息子を巡って妻(ジュリア・ジョーンズ)と親権を争っていたりと問題が山積みなのに!
 バイキングはまさか模範市民賞の男が殺しているなんて思っていないので、元々キーホーのドラッグビジネスを手掛けていた先住民族の族長・ホワイトブル(トム・ジャクソン)の仕業と勘違い。彼の息子を報復のため殺害する。やられたらやりかえすとばかり先住民族らはギャングたちと血で血を洗う殺し合いを始める。その間誰もネルズにたどり着かない!なんだこのかみ合わない戦いは!?

 いくらスキー客以外の産業がない田舎町とはいえ、警察は何してるの?地元警察はスキー客が外で堂々と大麻吸っていても「口うるさく言うとスキー客が減って街はさびれちまう」と駐禁以外の取り締まりをしないほどやる気がない。しかし一番の若手女性警官キム巡査(エミー・ロッサム)はバイキングとホワイトブルの殺し合いの現場を見て

「事件が起きたわ!」

 とやたらとハイテンションに!盛り上がってる場合じゃないでしょ!

 かくして模範市民賞の男、ギャング、先住民、警察の四つどもえの“噛み合わない”戦いの幕が上がった!

 雪に閉ざされた町で起こる凄惨な殺し合いを描きながら、パンチの利いたブラックジョークがところどころで顔を出す。ノルウェー映画『ファイティング・ダディ 怒りの除雪車』というB級丸出しのタイトルのハリウッドリメイクであり、監督もハンス・ペテル・モランド自身によるセルフ・リメイク。劇中で人が死ぬ度に

スティーブ・ミリナー“スピード”
ジェイコブ・ラトマン“リンボー”
ジェフ・クリステンセン“サンタ”

 と十字架マークとともに死んだ人物の名前が記されて、まるで『仁義なき戦い』みたいだな。凄惨な殺しを描きながらコミカルさを忘れてない作風は『仁義なき戦い』のようで、お手本にしたであろうコーエン兄弟の『ファーゴ』にも似てるなあ。
 犯罪小説の知識だけでギャングを殺していく主人公や、元嫁に金玉潰されるボス、口先だけのチンピラ、(なぜか)ゲイカップルのギャングと出てくるキャラクターも強烈!普通に血みどろのバイオレンスでも成立する話なのに、ギャグまみれにしてしまったのは、寒い国ノルウェーの作品だからかな。カナダ出身のコメディ俳優、レスリー・ニールセンも

「カナダは寒すぎるから、面白いことでも考えてないとやってられないんだ」

 と言ってたし。この“噛み合わない”笑いもそんな中で生まれたのだろう。空を飛ぶために生まれてきた男のクライマックスに驚いてくれ!


  


Posted by 縛りやトーマス at 17:34Comments(0)映画

2019年06月19日

冴えないヤツらの心の叫びを聞いてくれミュージカル『アナと世界の終わり』



 イギリスの片田舎の町で、過保護な父親トニー(マーク・ベントン)と暮らす高校生のアナ(エラ・ハント)は卒業したら田舎の町を飛び出して海外旅行にいく計画を立てていた。なにせ地元の町には幼馴染のダサ男ジョン(マルコム・カミング)、オラオラ態度が鼻について別れてしまった元カレのニック(ベン・ウイギンズ)、生徒たちを見下してばかりのサジェージ校長(ポール・ケイ)、つまらなくてイライラする連中だらけだから!
 ところがジョンが口を滑らせたせいで海外旅行の計画が父親に漏れてしまい大ゲンカ。

「パパなんか大嫌い!」

 クリスマスだというのに声もかけずに家を出たアナはやっぱり仲直りしようとするが、町にはゾンビがあらわれ大パニック!

「もう世界は終わりだ!いっそこのまま海外へ逃亡しよう!」

 と上手いこといってアナと恋の逃避行をたくらむジョン。しかしアナは父親と最後に仲直りをしようと、クリスマス学芸会の準備のため、学校にいるであろう父の元へ向かう。退屈でつまらない生徒たちの手を借りてアナは父親と再会できるのか?


 ゾンビものというジャンルにもっとも縁遠いと思われる青春ミュージカルが悪魔合体した結果、出来上がったものは・・・学園生活ではイケてない、冴えないやつらの負け犬の心の叫びを聞いてくれミュージカルだった!楽曲にはマライア・キャリーの『恋人たちのクリスマス』のモロパクリなやつもあるけど、オリジナルのひとつ、『ハリウッド・エンディング』が素晴らしい

♪映画のようなエンディングなんてない
ディズニーじゃないのに僕は勘違いしてた
物事はうまくいかない 僕はスターじゃない
これが映画だったら彼女は僕に夢中 やっとわかったいいヤツでもモテないって
誰も教えてくれない 恋は映画や小説や歌みたいにうまくいかない
ずっとウソの世界を見てきた もうだまされない
映画のようなエンディングなんてない




 ゾンビで青春ミュージカルだって?また恋愛脳に侵された連中が恋愛して、異性に好かれるためにファッションや車やデートにお金を使え!と電通みたいなやつらが消費を促すためにゾンビを利用しようとたくらんでるのか・・・と憤ってましたが、モテない冴えない人々への愛情あふれる視点に涙があふれてとまりません。設定上は悪役っぽく登場する元カレのニックだって実はいいヤツだったというオチもひねりが利いている。
 ちなみに歌って踊ってる間はゾンビも襲ってこないので、ゾンビもいいヤツらだな!ストーリー上悪役が必要なので嫌味な校長だけが唯一の悪なんですが、基本いいヤツしか出てこない。みんないいヤツだらけの珍しいゾンビ映画の誕生です。


  


Posted by 縛りやトーマス at 11:38Comments(0)映画音楽

2019年06月13日

114通りの未来を観た男

 いまだかつてない勢いのオープニング成績をたたき出したものの、結局失速して『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』、『アバター』の記録越えはならなかった『アベンジャーズ/エンドゲーム』の興行成績ですが、別のところで新たな記録が誕生してました。

米のマーベルファン、『アベンジャーズ/エンドゲーム』110回観賞しギネス記録破る

https://www.afpbb.com/articles/-/3229623?cx_part=top_focus&cx_position=1

 フロリダ在住の男性アグスティン・アラニスさんが『アベンジャーズ/エンドゲーム』を劇場で110回鑑賞し、去年、『アベンジャーズ/インフィニティ―・ウォー』を劇場103回観た、というほかのアンソニー・ミッチェルさんの記録を更新し、まだ未公認だがギネス記録を更新することになる模様。

https://twitter.com/SinarOnline/status/1138962054025400320

 ちなみに昨日(6月13日)の時点で114回目を観た様子。

https://twitter.com/agalanis17/status/1138996418285309952


 こういう観た回数自慢はあんまり大したことなくない?だってただ観るだけじゃないか・・・と思ったりもするが、このアラニスさんが

「僕は1日10時間働き、平日は少なくとも6時間かけて2回エンドゲームを見ている」


 という。1日10時間って、アメリカの社畜だったのか(何をしている人なんだろう?)。10時間も働いたら、僕なら食って風呂入って寝て終わりだね!その状況で記録達成とは、そら自慢してええわ。
 ひょっとしたら114回のうち1回ぐらいはサノスが勝利するターンもあったのかも知れないしな!ドクター・ストレンジの1400万通りの中にこの勝利への道はあったのだろうか?




  


Posted by 縛りやトーマス at 18:33Comments(0)映画オタク世界のとんでもニュース