2019年01月18日

挑戦こそが評価『喜望峰の風に乗せて』



 『マン・オン・ワイヤー』でアカデミー賞を受賞したジェームズ・マーシュ監督、『英国王のスピーチ』でアカデミー賞受賞したコリン・ファレル、『ナイロビの蜂』でアカデミー賞をやはり受賞したレイチェル・ワイズのトリオによる、1968年にヨットの世界一周に挑戦した男、ドナルド・クローハーストの伝記映画である。ポスターを見てもさぞかし感動的な愛の物語が繰り広げられているのだろうな…と思って観に行くと痛い目に遭うぞ!

 19世紀のイギリスは米ソが宇宙開発競争を繰り広げている中、予算がないので代わりに海に出て行った。ヨット世界一周ブームが起きていたのだ。コンパスの元になったとされる器具を作って売る会社の社長、クローハースト(コリン・ファレル)は会社の売り上げが伸びずに苦しんでいた。そこにヨットレースの話が飛び込んでくる。クローハーストは世界一周に挑戦して優勝すれば会社の宣伝になるし、子供たちに名誉も与えられる!と思い込んで挑戦を決意。
 持前の口の上手さでスポンサーを見つけ、ジャーナリストには「俺の挑戦を本にすれば売れる」と持ち掛け、あっという間にクローハーストの挑戦は小さな港町を巻き込んでゆく。しかしクローハースト自身は近海したいったことのない素人セイラーだった。なのでスタート時期までにヨットも完成しなかった!出発期限が迫り、棄権を考えるが、借金の抵当に会社、自宅も入れており、しかも町の人間は「うちから世界チャンピオンが出るぞ」と盛り上がっている。逃げることはできない!仕方なく船出するがすぐにヨットは故障、まともに進むことすらできず、海の上をぐるぐる回るだけになってしまう。
 通信機で苦し紛れに伝えた位置を聞いた町の人々は「この勢いならトップどころか世界記録も夢じゃない!」とさらに盛り上がり、テレビでその活躍が伝えられてしまう。後に引けなくなったクローハーストは偽の航海日誌をつくって、世界一周をでっちあげようとする。トップだと日誌を詳しくチェックされてしまうので、3、4番手ぐらいでゴールしようと考えるが、彼以外の挑戦者は次々脱落し、彼は「まずい、どうしよう…」とますます追い込まれてしまう。海の上で次第に心を病んでいくクローハーストを待つ運命は?


 素人が記録に挑戦して苦難に苛まれながらも華麗に記録を達成する内容かと思ったらナニコレ。無謀な冒険に挑んだ素人がミスの上にミスを重ねていくだけじゃないか!このポスターとスタッフ、出演陣に引っかかって観に行った観客が唖然茫然としているそうですが、そりゃそうだよな。ジェームズ・マーシュ監督は何がよくてこの題材に惹かれたんだ?マーシュ監督やコリン・ファレルは

「これは、真価を認めてほしいと願った男の物語だ。彼は懸命に努力し、無謀だが勇敢なことをしようとしたのだ」(マーシュ)
「人は皆、自分の能力以上のところに到達したいと思うはずだ。脚本を読んだとき、私は多くの人々の心に響くものがあると感じた。人は途轍もなく危険なことに取り組む。クローハーストがなぜそうしたのか、私には理解できる」(ファレル)


 とコメントしている。なるほど、無謀であっても挑戦すること自体を否定することはできない、結果だけで人の真価は決まらない。挑戦自体が評価されるべきだ、と。わかる
 映画はクローハーストが出航した町でロケされ、当時の市長の息子だった人が市長役が出演している。ロケ地で住民に取材したところ、クローハーストを非難したり責めた人は誰もおらず、いまだに地元の英雄として扱われているそうだ。

  


Posted by 縛りやトーマス at 16:43Comments(0)映画

2019年01月15日

この映画が災害『ワイルド・ストーム』



 ディザスター映画の季節がやってきた!というのも去年の一月にディーン・デブリン監督の『ジオストーム』というディザスター映画があったのだ。『ジオストーム』は地球規模で起きた災害をミサイル(みたいなもの)を打ち込んで吹き飛ばすという中学生の妄想みたいな話でコケたけれど、こちらのストームはどうなんじゃい!

 今世紀最大、カテゴリー6(風速60メートル)の巨大ハリケーンが迫るアメリカ西海岸の町。そこにアメリカ政府の紙幣処理施設があった。汚れたお金を処理する施設なんだが、(表に出せないお金、ダーティマネーというわけではなくて物理的に汚れてるやつ)このタイミングで6億ドルの札束が運び込まれた。その情報を聞きつけた強盗団が混乱に乗じて金を奪おうとしていた。襲撃は成功するはずだったが、金庫を開けるパスワードを知る政府の人間ケーシー(マギー・グレイス。ちなみに吹き替えは内田真礼さん。吹き替え版見ればよかった)はハリケーンの影響で壊れた発電機の修理を依頼しに出かけていた。地元に住む修理屋で気象学者(どういうキャラだ)だという、ウィル(トビー・ケベル)、ブリーズ(ライアン・クワンテン)のラトリッジ兄弟は施設にケーシーとともに向かうが、強盗団との争いに巻き込まれ、兄のウィルが捕まってしまう。ハリケーンが迫る町で、武装した強盗団相手にケーシーと兄弟が立ち向かう。


 ラトリッジ兄弟は災害用特殊対策車。ドミネーターという装甲車よりもゴツイ車を持っていて、普通の乗用車よりも速く走り、中には災害に関するデータが詰め込まれていて、これ一台で大型台風に対処できる。『ツイスター』に出てきたストーム・チェイサーよりもすごい!地面に杭を打ち込んで少々のことでは吹き飛ばない!


ドミネーターの雄姿

 映画は数と武装で劣るケーシー・ラトリッジ兄弟側が知恵とアイデアを駆使する一方、強盗団の無能ぶりがすさまじい。凄腕を自称するハッカーが金庫のパスワードを開けられず、強風の中の戦闘では弟が車のホイールキャップを風上から飛ばすという荒業にあっさり敗れ、モールでの戦いもケーシーらが体をワイヤーで固定した後、モールの屋根を吹き飛ばしてみんなが吹っ飛ぶ。強盗団よりも強硬な手段を使う兄弟たちにさんざん出し抜かれるのだ。そもそもハリケーンが迫る中で強盗しないで普通の日に来た方がよかったんじゃないの…?あと、ハリケーンとストームは全然違うから、ストームは局地的だけど、ハリケーンはもっと大規模でしょ!この邦題おかしい。

 チマチマしていて、爽快感と深い考えに欠けているという、『ドラゴンハート』『デイライト』のロブ・コーエンらしい映画で、コーエン作品中最低の客入りなんだそうです。もう、この映画が災害だったとしか…

  


Posted by 縛りやトーマス at 03:17Comments(0)映画

2019年01月03日

覚えていれば、存在するヒーロー『仮面ライダー平成ジェネレーションズ FOREVER』



※文中に『平成仮面ライダー20作記念 仮面ライダー平成ジェネレーションズ FOREVER』のネタバレについて書かれています。気になる人は映画本編を見てから読んでください。


 最新作のジオウ、前作のビルドが共演するクロスオーバー作品であり、歴代ライダーも出演する、「平成最後の仮面ライダー映画」という位置づけにふさわしいオールスター映画だ。「仮面ライダーはテレビの中の存在で、虚構の存在なんだ!というあまりに衝撃的な内容である。
 仮面ライダージオウ・常盤ソウゴ(奥野壮)と仮面ライダービルド・桐生戦兎(犬飼貴丈)、それぞれの世界で仲間たちの記憶が改変され、失われていく。それはすべての記憶を消し去って自らが唯一のライダーとして君臨しようとするスーパータイムジャッカー・ティード(大東駿介)の企みであった。ティードは正体不明の少年、シンゴ(斎藤汰鷹)を追っており、ソウゴと仮面ライダーゲイツ・明光院ゲイツ(押田岳)は戦いに巻き込まれるが、そんな彼らに一般人たちが声援を送り、スマホのカメラを向け始める。二人の戦いはまるで遊園地のヒーローショーのように周りからみられていた。戦いの場に居合わせた高校生・アタル(福崎那由他)からもアトラクションのショーと勘違いされる。新世界からやってきた戦兎たちと合流する中で仲間たちの記憶が消え始める。やがてティードに洗脳された戦兎が敵に回る中、この世界では仮面ライダーが実在しない、「テレビの中のヒーロー」にされていることを知る。


 仮面ライダーが虚構の存在、という禁断の果実に手を出した内容。その世界をつくるきっかけになる高校生・アタルにはかつて行方不明になった兄がいて、家族がずっといなくなった兄のことばかりを気にかけていて、テレビで活躍する仮面ライダーが助けに来てくれたらいいのに、という思いをずっと抱いていたが、それは叶わない。仮面ライダーはテレビの中で活躍しても、現実世界の悩みを解決してくれるわけではない。というかなりきわどいテーマに挑んでいて、ライダー、特撮オタクのみなさんは痛いところを突かれてしまって、映画を観に行っても嫌な気持ちにさせられるのではないかと思ってた。そんな「現実に帰れ!」とか「気持ち悪い!」とか僕たち言われたくないんですけど!

 あの9.11テロの時にマーベルコミックのヒーローが倒壊するワールド・トレード・センタービルから人々を助け出したように、この映画は記憶を失っていく仲間たちを見ながらも、宣言する。「覚えてさえいれば、ライダーは存在する」と。映画『リメンバー・ミー』で死んだ人はあの世で元気に生きているが、現世の人たちが死んだ人のことを忘れた時に本当の死を迎えるように、記憶さえ消えなければライダーは本当のヒーローとして存在する。
 そう宣言するのが仮面ライダービルド・桐生戦兎というところがツボで、彼は本編でも存在自体があやふやな男で、彼が自身のアイデンティティを確立するまでの間、ずっと悩み続け、戦いにも迷い、敗れ続ける。それが今回の映画では不確かな存在に悩む仮面ライダージオウ・常盤ソウゴに「俺は俺で、ここに確かに存在する」とビルド本編の悩み続ける姿がウソのように堂々たる姿を見せつけるのだった。しかも雨の中で…(ビルド本編を見ていた人は「雨の中の桐生戦兎」が彼にとってあまりいい思い出のないシーンばかりだったことを記憶していると思われるが、それだけに感動もまたひとしおの場面になっている)


 さらに映画本編最大の盛り上がりを見せるポイントとなっている、仮面ライダー電王・野上良太郎を演じる佐藤健は役10年ぶりに同役を演じたわけだが、佐藤がライダー出演後、あまりに売れっ子になってしまい番組終了後も次々作られる映画版に出られなくなったので別の役者を使う羽目になってしまい、佐藤は電王には出ないのか?と言われてた。まさに存在自体が忘れ去られるというか、なかったことにされかけていて、そんな彼が再登場したのは「覚えてさえいれば、ライダーは存在する」というテーマともぴったり。
 現実の世界が辛くて虚構の中の世界に逃げ込んだ人物が、虚構の中の世界で救われたからこそ現実の世界でも救われたというのは『SSSS.GRIDMAN』にも相通じるものがあり、僕たち(誰よ)も救われた。

  


Posted by 縛りやトーマス at 20:35Comments(0)映画特撮・ヒーローオタク

2018年12月31日

理想の漫画実写映画第二弾『咲-Saki- 阿知賀編 episode of side-A』



 美少女オカルト麻雀青春物語という、ジャンル付けが不可能な小林立の漫画『阿知賀編 episode of side-A』の実写化作品。
 前作『咲-Saki-』でも徹底された「漫画のビジュアルを極限まで再現する」スタイルは本作でも採用。



 麻雀するときになぜかボウリングのグローブをはめる鷺森灼役のエビ中、中山莉子も衣装からして完全に再現。



 登場時に髪が浮いている、大星淡役の志田友美なども完全に再現。もちろん動いてるときに髪は浮きませんが…


漫画でもおなじみ、雀卓を左手で抑え込んで、右手で気流を起こしながらツモ上がる宮永照(浜辺美波)の必殺技もこの通り再現だ

 他にも「三順先の手が見える」とか「副将が自らに飜数の縛りをかけてその飜数以上で和了ると次に打つ大賞が同じ局で倍の飜数で和了れるというリザベーション」

リザベーションを使うと鎖に両手を縛られるのだ(?)

 などもちゃんと再現されてます。もはや麻雀ではない、能力者同士のバトルものじゃないか!っていわれても、そういう原作の実写化なんで。

 主役クラス以外の脇役のように見える登場人物にも、それぞれの物語があるのが原作漫画の特徴なんですが、実写版も阿知賀監督・赤土と小鍛治プロの関係や千里山女子の園城寺怜と清水谷竜華の本作もっとも百合な関係を限りなく描き切っていたのは特筆に値する。

 原作漫画は10代女子の群像劇で、邦画ではリアルな10代ではない役者を起用することが多いが、本作はあくまで同年代もしくはそれに近いキャスティングをして、前述したビジュアルを完全に再現、その上で演技力よりも10代女子の瑞々しさと百合関係を仄かに匂わせた友情物語を強調してつくられたことがファンも納得できる作品になっている部分ではないでしょうか。

  前作同様、これぞ理想的な漫画実写映画の指標として記録に残したい作品です。

  


Posted by 縛りやトーマス at 17:29Comments(0)映画漫画レンタル映画館

2018年12月30日

改名カルキン

 この間、クリスマスでしたが、この時期に見る映画といえば『ホーム・アローン』ですね。パート2にはあのトランプ大統領も出ているので話題性もバッチリです。
 その『ホーム・アローン』に主演したマコーレー・カルキン君はその後あっという間に人気凋落し、ストリップ・バーでダンサーの胸元にドル札を突っ込むなどイメージを粉々にするスキャンダルばかりが目立つようになり、「堕ちた元子役」「アメリカのケーキ屋ケンちゃん」と呼ばれるように(何処で)。
 そんなカルキンがイメージを払拭すべく、改名することに。

マコーレー・カルキンがついに改名!正式決定した「新たな名前」は?
https://front-row.jp/_ct/17238987

 新しい名前はマコーレー・マコーレー・カルキン・カルキンに。
 言い難いし、これじゃあ結局マコーレー・カルキンって呼ばれるようになるんじゃない?なんか石森章太郎から石ノ森章太郎に表記が変わった、ぐらいの。全然違う名前にするのかと思ったら…マコーレー・カルキンの名前を忘れないでくれ、という心の叫びが聞こえてくる。プリンスが「かつてプリンスと呼ばれたアーティスト」としても長すぎるから「元プリンス」呼ばわりした、みたいなことになりそうな。
 能年玲奈が「のん」にしたようにカルキンも「マン」とかにするのはどう?


大人になって『ホーム・アローン』のセルフパロディをするカルキン

  


Posted by 縛りやトーマス at 08:21Comments(0)映画ハリウッド・スキャンダル

2018年12月28日

史上最低映画とはこれだ『魔の巣』

 史上最高の映画は何?というのは映画ファンにとって永遠の命題だ。でも好きなものの頂点はそんなに悩まないだろう。僕なら『タクシードライバー』、『博士の異常な愛情』か。邦画なら『恐怖奇形人間』、『ゆきゆきて、神軍』ってところかな。あ、『太陽を盗んだ男』もいいなあ…って全然決められてないやろ。

 では史上最低の映画は?

 以前『死霊の盆踊り』を見たときは退屈のあまり死にたくなった。男女が墓場に迷い込んで女のストリップを見せ続けさせられるという脈略もへったくれもない物語は史上最低にふさわしい。“史上最低の映画監督”として名の知られたエド・ウッドの作品群でもマシな方の『プラン9・フロム・アウタースペース』も確かにひどい。これは「最低映画とはなにか?」を教えてくれる教科書だ。夜の場面が切り返しで突然昼になったり、車が右から走って左に消えていくシーンが何度も使いまわされ、墓場で死体役のおじさんがただ寝てるだけなので、死体役にも演技指導、演出が必要だということを初めて知ったり、「愚か者め!バーカ!バーカ!」という常軌を逸したセリフ…最低映画に必要なものと最低映画にしないためのものはすべて入っていた。『吸盤男オクトマン』は肝心のモンスター、オクトマンの造形がしょぼすぎて腰が砕ける。タコが二足歩行で歩くようにしてあるので、着ぐるみの長い脚は半分にまで手が届かず、そこから先がしおれて垂れ下がってる(笑)。動きもスローモーなので全力で走ったら逃げられるし。バスの中で待ち伏せてるのもどうやって入ったんだ…『ロボット・モンスター』はゴリラの着ぐるみにヘルメットかぶせたやつを侵略宇宙人の手先のモンスターと言い張ってた。こいつも動きが遅い。

 とまあ、最低映画にも候補作がいっぱいあるんだけど、飛び切りの最低映画として君臨しているのが『魔の巣(MANOS: THE HANDS OF FATE)』(1966)。



 アメリカのクソSF映画やゴミ怪獣映画を専門で紹介する番組『ミステリー・サイエンス・シアター3000』で「これに比べたら『プラン9・フロム・アウタースペース』が『市民ケーン』に見える!」とまで言われた最低の中の最低、チャンピオンだ。世界中の映画が集まるデータベース、IMDbの投票で10点満点中評価1.5で何十年もの間ワースト1に君臨していた。

 監督は肥料のセールスマンやってたハロルド・P・ウォーレン。彼は制作・脚本まで手がけたのでほとんど彼の自主映画である。
 冒頭、娘のデビーを連れたマイクとマーガレットの夫婦がドライブ中道に迷って延々と田舎道を走っていくところでもうダメ(笑)退屈すぎて死にそう。夫婦が子供と歌を歌うんだけど、これ、『ダーティーハリー』でスコルピオがバスジャックしたときの「漕げ漕げ漕げよ~ボート漕げよ~ランランランラン~川下り~」の歌だ。歌わないとお前たちのママはみんな殺してやるからな!こんな歌ではじまるなんて、不穏な感じがしますね。

オープンカーでいちゃついているカップルの真横を駆け抜けていくと、「この先には何もないのに」なんていわれます。このカップルは昼間堂々と外でいちゃついているので、通りすがりの警官に「よそでやれ」と追い払われる。
 家族の車はやがて一軒の家に。とりあえずこの家に泊めてもらおうとするのですが、門番をしている足の悪い男、トーゴは「ご主人様のゆるしがなきゃ泊められない」しかしマーガレット(ダイアン・マーリー、この人がゴミ映画にふさわしくない美女で映画唯一の見どころ)を嘗め回すように見て、「でもご主人様はあんたを気に入るよ」

 家には青白い顔をした男の肖像画があり、「この人がご主人様かい?挨拶したいんだが」とたずねるとトーゴは「ご主人様はこの世を遠く離れた」「でもいつも一緒なんだ」と意味不明なことをいうので家族は不安に。やがて夜になり、連れてきた飼い犬が何者かにかみ殺され、止めていた車は動かなくなる。子供がいつの間にかいなくなる…というか、お父さんお母さんが部屋でしゃべっているときにその後ろを無言で移動して、次の瞬間に「あの子がいないわ!」今後ろを通ったやろ!デビーは別の部屋に入ったのに見つけたときはなぜか外にいて(位置関係がまるでわからない)、肖像画に描かれたデカい犬を連れていた。デビーは飼い犬がいなくなったので代わりにデカい犬の方を連れてきた、というのもよくわからん。飼い犬は小型犬なんだけど…女の子は「たくさんの人がいる場所に犬がいた」と。たくさんの人?この家にはトーゴ以外にも人がいるのか?

 怖くなった夫婦は逃げ出そうとするも車は動かない。田舎で撮影しているせいか、カメラの前を蛾や虫が飛び交うのだが、一切カットしない!外に飛び出した夫はトーゴに殴られてものすご~い時間をかけて、後ろ手にされて木に括られる。部屋に鍵をかけてまってろ、すぐにここを出発するから、と言われた奥さんはなぜか服を脱いでシュミーズ一枚で寝る用意を始める。

 そのころ、家のどこかにある薄暗い部屋では眠りについていたご主人様が目覚める。一方、オープンカーのカップルは夜なのにまだいちゃついていて、警官に「またお前らか」(笑)カップルは「俺たちよりほかのやつを取り締まれよ。砂漠にいったやつとか」とへたくそな伏線を張りにくる。
 ご主人様はマノスという邪教の神(マノスはスペイン語で手の意味)をよみがえらせようとしているようで、「時は来た!」と眠っていた妻たちも目覚めさせる。この妻たちは家族3人をどうするかで喧々諤々に。

妻A「男のいけにえは構わないわ。でも子供は…」
妻B「女だけでいいわ。他はみな死ねばいい」「全員よ。正直女もいらないわ」
妻C「子供は女よ。あの子は死なせてはだめよ。女になるのよ」
妻D「死ぬべきよ」

 ご主人様はずっとこのやりとりでポツンと座った状態で聞いてるのだけど、立ち上がって「もういい!こんな戯言はたくさんだ!」ってこっちのセリフだよ!この妻たちのやりとり、何の意味があるのかさっぱりわからない。ご主人様は「そんなことをいうならお前はもう終わりだ」と宣言するも「やれるものならやってみればいいわ」とまるで相手にされてない(笑)ご主人様は偉いのか、偉くないのかどっちなんだ。

 この後妻たちは家族をどうするかを巡って争いに。砂場で突然はじまるキャットファイト!馬乗りになってペチペチ顔をひっぱたいたり、つかみ合いをする(じゃれあってるようにしか見えない)。これじゃまるで『死霊の盆踊り』だ!このキャットファイトシーンも延々と続くのでもう限界。
 トーゴはいけにえに捧げられることに。僕はてっきり妻たちの誰かがいけにえにされると思った。トーゴみたいな汚いおっさん、マノスだっていらないと思うよ。さてトーゴはいけにえに捧げられ、片手をもぎ取られる。手の神様だからね。こんなことをしている間にマイクは拘束を解いてマーガレットとデビーを迎えにいき、とりあえず家から逃げ出すことに…するのですが、マーガレットが何もない砂場で何度も転んで(へったくそに)もう歩けないと、なのでさっきの家に戻ろうという判断はわけがわからない。そして待ち換えていたご主人様にピストルをぶっ放すという唐突すぎる展開のあと、オチになるのですが…あまりにもあんまりなオチなんで、あきれ果てた。あと、いちゃついていたカップルがまた出てきたときは爆笑しました。一晩中やってるんかい!

 このご主人様と妻たちは何がしたかったんだ。マノスって一体何??

 言い忘れてましたが、マイク役は監督のハロルド・P・ウォーレンその人です。



 漫画『シネマこんぷっれくす!』でも語られてましたが、間延びしたテンポ、ヘッタクソな編集、安っぽい音楽、役者の雑な演技といい、すべてがZ級のシロモノ…たった68分しかないのに、見終わったら脱力感で2時間ぐらいは経った気分になって疲労困憊。
 エンドロールでThe end?とか出てくるのもこざかしい。どうせ続編なんてないんでしょ!




 …と思ってたらなんと、2018年になって続編の『Manos Returns』が公開されていた!しかもオリジナルキャストのご主人様役、トム・ネイマンにデビー役のジャッキー・ネイマン・ジョーンズも出演してる!(デビー役の人がご主人様役の娘というのも、はじめて知った)残念ながらハロルド・P・ウォーレンはすでに亡くなっているので監督は別の人なんですが、なぜやろうと思った?ファンなの?
 謎が謎を呼ぶ『魔の巣』、続編ぜひ日本で公開してくれないかなあ。

  


Posted by 縛りやトーマス at 02:52Comments(0)映画旧シネマパラダイストンデモ映画

2018年12月25日

タイトルとは裏腹に、映画館には誰も来ない!『来る』



 中島哲也監督が『渇き。』以来5年ぶりの大作。何しろメインの役者が小松菜奈、松たか子の中島組に加え妻夫木聡、黒木華そして岡田准一という、いずれも演技が出来て客の呼べる俳優たちを並べて万全の布陣で挑んだ文字通りの大作、果たしてどうなったのか?

 会社員の田原秀樹(妻夫木聡)は結婚予定の婚約者、香奈(黒木華)を法事のついでに両親、親戚一同に紹介しようと田舎の実家に連れてくる。田舎特有の人間関係に居心地の悪さを覚え、不安がる香奈に大丈夫だと秀樹は優しく香奈を気遣うのだった。
 東京に帰り、無事結婚式を執り行い、家族のために高級マンションも買い、生まれてきた娘、知紗の成長を見守るブログを開設した秀樹は理想のイクメンパパとして大人気に。順風満帆な日々を送るが会社の同僚は血を流して入院した挙句に死に、自宅のガラスが割れるといった怪現象に家族が見舞われる。学生時代の友人で民俗学教授の津田(青木崇高)に相談した秀樹は胡散臭げなオカルトライターの野崎(岡田准一)を紹介され、野崎は知り合いのキャバ嬢、比嘉真琴(小松菜奈)と秀樹を引き合わせる。霊媒師の一族の生まれである真琴は怪現象の原因は秀樹が妻と子供を本当は愛していないせいだ、と言って秀樹を激怒させる。野崎と真琴は秀樹の家にやってきて、怪現象を目の当たりにし、「私の手には負えない」という真琴は自分の姉で、日本最強の霊媒師・比嘉琴子(松たか子)に頼れという。忙しすぎて現場には行けない、と琴子の電話越しのアドバイスで怪現象の正体である“あれ”に秀樹は挑む。

 第22回日本ホラー小説大賞である『ぼぎわんが、来る』の実写化である本作はホラーのくせにちっとも怖くなく、意味不明で支離滅裂な展開の上に広げた大風呂敷をまったく畳めずに終わってしまう…という、控え目にいって面白くもなんともないバカ映画だ。
 一生懸命に観客を怖がらせようとする描写の数々はどれもこれもなんでそうなるのか意味がわからない。恐怖場面のすべてにまともな説明がなされないのだから、怖がることもできない。TV出演もしている有名なタレント霊媒師の柴田理恵が出てきて、実は一角の実力者であるという柴田理恵が中華料理屋でいきなり腕がちぎれてしまう!普通は怖い場面なんだけど、そんな店で人の腕がちぎれたら大問題になるよ!でも映画の中では何の問題にもならないのだ。どういうことなの?疑問ばかりが頭に浮かんで怖がれないよ。

 日本最強の霊媒師だという松たか子も、この人がなんで最強なのか、まともに説明されないし、また、この人のアドバイスがこれっぽっちも役に立たないのでとても日本最強には見えない。最強すぎるので日本の警察関係を従えていたり、クライマックスに“あれ”に対処するため、マンション周辺を立ち入り禁止にして、でかい祭壇をつくって、松の依頼で日本中から100人以上の霊媒師が集まってくるというほどの力があるようにも、また見えない。永久保貴一の漫画『カルラ舞う!』シリーズでは主人公の扇姉妹やその婆ちゃんが内閣調査室の依頼で怪事件に挑んで、政府の人間と結びつきがあるという説明に説得力があるようにされているけど、そういうのがこの映画には一切ない。なぜか映画では“あれ”と呼ばれてロクに説明もされない怪現象も原作ではブギーマンのことを宣教師が伝えるときになまって「ぼぎわん」になったという最低限の説明があるのに、どうして説明を省いたのやら。

 代わりにイクメンパパを気取りながら本当は外面がいいだけで、誰からも疎ましがられて軽く扱われている妻夫木聡やら、ネグレクトの母親に育てられた黒木華が「自分は母親のようにはなるまい」と思いながらシングルマザーになった後は子育てと仕事に疲れ果てて、娘にイライラを募らせるところとか、人間の悪意だけは強調されるのだった。それにしても妻夫木聡の薄っぺらい人間ぶりは最高でしたね。ホントはこの映画みたいな人間じゃないの?と思ってしまうぐらいの演技だった。黒木華もシングルマザーは辛いよ~といいながら高級マンションにずっと住んでるし。それ売って文化住宅にでも引っ越した方がいいよ!

 人間の悪意や心の闇をあえてエンターテイメントとして描いちゃうのが中島哲也のスタイルだけど、ホラーは恐怖の部分をきちんと描かなきゃ!何の意味もなく窓ガラスを引っかいたり、電話で呼び出したりしたって、怖くならないんですよ。「お化けや怪物よりも、人間の悪意の方が本当に恐ろしいのだ!」みたいなとってつけた安っぽい結論じゃなくてね。
 客の呼べる役者を揃えて、大セットまで組んで、怖くもなんともないものをつくって、どういうつもりだ。うまく作れば面白くなるシーンはたくさんあったのに。高橋洋ならもっと低予算で遥かに怖いものつくっただろうし、白石晃士だったらバカバカしくも真面目で恐ろしい映画になったと思うよ。中島哲也という人選がすべての間違い。
 しかしキャバ嬢の小松菜奈なんか最高だね。邦画界は彼女の使い方を勘違いしていて漫画の映画化で純愛ヒロインやらせたりしてるけど、本作や『渇き。』のイカレてる役や、『ヒーローマニア―生活―』の現実感に乏しい人の役の方があってるんだから。こういう役者の雰囲気だけは間違いなく、そんなところにだけ中島哲也の才能が発揮されていた。それ以外は全部ダメで、映画館も閑古鳥が鳴いてるんだから。『来る』ってタイトルなのに映画館には誰も来ないんだけど。



  


Posted by 縛りやトーマス at 19:38Comments(0)映画

2018年12月22日

ボヘミアン・ラプソディだらけの爆音映画祭

 全世界中で爆発的ヒットを記録している『ボヘミアン・ラプソディ』。クライマックスのライブ・エイドのステージをほぼ完全に再現した場面では通常の上映なのに観客が歌いだすという、熱狂ぶりが各地で発生しているという…応援上映向きの映画なのです。
 そんな『ボヘミアン・ラプソディ』の爆音上映が決定。しかも、『ボヘミアン・ラプソディ』しかやらない、独占上映だ。


MOVIX堺にて『ボヘミアン・ラプソディ爆音映画祭』開催決定!
https://www.smt-cinema.com/site/sakai/news/detail/017050.html



>11月9日(金)に全国公開となり、現在、社会現象を巻き起こしている映画「ボヘミアン・ラプソディ」を“爆音”で上映する「ボヘミアン・ラプソディ爆音映画祭」を、ここMOVIX堺にて、2019年1月11日(金)~14日(月・祝)まで4日間限定で開催致します!

 来年の1月11日(金)~1月14日(月・祝)の4日間、なんと『ボヘミアン・ラプソディ』だけの爆音映画祭を実施。全13回、全部『ボヘミアン・ラプソディ』だ!中でも1/12の18時、1/13の15時、1/14の18時は絶叫・応援上映を企画応援するV8J絶叫上映企画チーム登壇による「ボヘミアン・ラプソディ絶叫応援上映」もございます。
 通常上映でつい歌ってしまい、他のお客さんに咎められた経験のある人、今度は歌いたい放題だ!チケット先行発売は29日から!


   


Posted by 縛りやトーマス at 08:58Comments(0)映画音楽

2018年12月21日

インドのスーパーヒーロー映画『パッドマン 5億人の女性を救った男』



 どこから見ても スーパーマンじゃない、スペースオペラの主役になれない、危機一髪も救えない、ご期待通りに現われない…だけどパッドマンはインド5億人の女性を救う!インドの田舎町に生まれ、妻が「高価だから」という理由で生理用ナプキンを使わずに汚い布を巻いているのを見て、安価で漏れないナプキンをつくろうとしたアルチャーナム・ムルガナンダムの苦悩を描いた実話の映画化だ。映画ではラクシュミという名前に変えられている。

 ラクシュミは美しい妻をガヤトリを娶り、貧しいが幸せな日々を送っていたが、ある日妻が家の中につくられた小屋に隔離され、汚い布をサリーで隠して干しているのを目にする。どうやら、女性には月一回生理というものがあることを知ったラクシュミ、そして生理用ナプキンというものもあるらしいが妻は使っていない。そんな汚い布を使っていたら病気になってしまう!慌ててラクシュミはナプキンを買いに行くが、値段は55ルピー(現在の日本円で換算すると役1,500円)。高すぎるから通りすがりの友人に借金までして買うのだが、ガヤトリは高価すぎるといってナプキンを突き返す。せっかく買ったのに…

 ラクシュミはそれなら、安くて清潔なものをつくればいい、とナプキンつくりをはじめる。工場で働いていて頑丈で丁寧な仕事ぶりに定評のあるラクシュミは、妻が玉ねぎを切るときに涙を流すのを見ておもちゃを改造した自動たまねぎ切り器をつくったり、自転車の後ろに妻が乗る椅子をつけたりして、器用なのだ。あっという間に綿と布をつかったナプキンをつくるのだが、あくまで素人仕事のため、漏れてしまい妻はまた布を使いだす。
 完璧なナプキンを目指してラクシュミは仕事を放り出して(!)ナプキンづくりに邁進。まさに「拍手をするほど働かない」!
 村中にたちまち噂は広がり「頭がおかしくなった」「悪魔に憑りつかれた」と村八分にされたラクシュミ。妻は実家に連れ戻され、実の親兄弟からも縁を切られてしまう。それでも諦めないラクシュミは都会に旅立ってナプキンづくりを再開する。


 ラクシュミ=ムルガナンダムの苦労の原因のひとつは、農村部に根強く存在する因習や迷信だ。この映画でまず驚くのは生理になった女性が家の中につくられた檻のような小屋に閉じ込められ、生理が終わるまで出ることを許されない。家事手伝いなども一切してはいけない、というもの。「生理中の女性は穢れているから」などという理由で、ナプキンの使用率が低い(インド全体で12%)のも高価すぎるのもあるが、「着用すると目がつぶれる」(?)といった迷信がつきまとっているのだ。
 ナプキンづくりのためのアドバイスを女性に聞こうとするラクシュミが気味悪がられ、「恥ずかしいからもう家に来ないで」と妹に拒絶されるシーンに代表されるように、生理について語ること自体がタブー視されている。なにしろ妻はどんなにラクシュミが不潔な布を使っていたら病気になって死んでしまうんだぞ、と言われても「恥をかくぐらいなら死んだほうがマシよ」とまでいうのだから。
 自作のナプキンの感想を聞いて改良したいのに、誰も教えてくれないから、ラクシュミは近所の女の子に初潮が来た、と聞くと家の壁をよじ登って「おじさんのつくったナプキン、使ってくれないかな?」と窓越しに渡そうとして大騒ぎになる(そりゃそうだ)。多少、デリカシーのない行動に問題はあるものの、ラクシュミは真剣なのだ。ラクシュミを演じたアクシャイ・クマールは笑顔が優しい色男だが、実際のパッドマン、ムルガナンダムは気難しそうな強面なので、この人がナプキン渡して来たらちょっと怖い。

 苦労の果てにラクシュミは安価で清潔、そして安全なナプキンを完成させる。それを大量に生産する機械も発明した。それをあちこちに安く提供し、その扱い方を女性に教える。生産されたナプキンを売るのも女性だ。途中でラクシュミのことを助けてくれるパリーという女子大生に会って「男性には生理の話などしてくれないが女性同士では生理の話ができる」こともわかった(早く気付こうよ)。
 彼の発明が最も素晴らしいのはナプキンを普及させたことよりも女性の雇用を生み出し、インド社会で女性の地位向上に努めたことだ。劇中、酔っ払って暴力を振るう夫から逃げたくても仕事もお金もない人を見たラクシュミはその人を工場で雇う。機械は女性でも簡単に動かせる。
 クライマックスにラクシュミは国連に呼ばれて演説する。片言の英語で。
 インドで生理中の女性が檻に入れられたら毎月5日間、一年で60日間を無駄にする。ナプキンがあればその60日間が使える。男が30分間血を流したら即、死ぬ!偉大な男、強い男、国を強くしない。女性、母親、姉妹が強ければ国は強くなる。

 演説でラクシュミは女性の18%がナプキンを使うといい、2017年で普及率は24%になったという。パッドマンは敵をやっつけないが、女性のために戦うスーパーヒーローなのだ。


  


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2018年12月17日

SFポリス・ストーリー『ポリス・ストーリー/REBORN』



 ポリス・ストーリーユニバース10周年!
 …と日本の映画会社が勝手につけた煽り文句も勇ましいジャッキー・チェン主演最新作。直接関係しているシリーズは1985年の『ポリス・ストーリー/香港国際警察』からはじまって88年の『ポリス・ストーリー2/九龍の眼』、92年『ポリス・ストーリー3』、96年の『ファイナル・プロジェクト』4作品だ。
 93年の『新ポリス・ストーリー』、2004年の『香港国際警察/NEW POLICE STORY』なんかは直接の続編でもなんでもなく、日本の映画会社がジャッキーが刑事役だから、という理由で勝手にシリーズにしているだけ。そう、この『ポリス・ストーリー/REBORN』も続編ではない!ややこしい!ただし、本作には主題歌としてあの“英雄故事”を新録版で採用している。あの

♪パンチーンゴー ンガァンホンチー ペンチョッ ヤッサンチィ
ラゥホンヒュッ チョンチャクサム チョィチャム ダァイーイ~

♪クヮボゥセェン ワンセェンゴ イゥホゥィセ~ メンチ!



 でおなじみの英雄故事は初代ポリス・ストーリーの主題歌としてジャッキー自らが熱唱して話題に。その英雄故事を本作主題歌にしているのだから、これはもう本編のシリーズと解釈してもいいのではないか。

 しかし本編シリーズとは実質無関係といっても「ジャッキー主演作」の看板を掲げる以上、ド派手なアクション、危険なスタント、超絶カンフーに挑むジャッキーが見られるはず!

 今回ジャッキーが演じるのは国際捜査官リン。白血病で危篤に陥った娘シーシーが気になるが、遺伝学者ジェームズ博士の護衛のために駆り出される。博士は武器商人のために生化学兵器を無理やりつくらされており、その実験体だったアンドレと彼が率いるハイテク武装集団に命を狙われていた。

 このハイテク武装集団が黒いプロテクターに身を包み、ジャッキーたちに襲い掛かる!アンドレは全身真っ青肌で血管が浮き出た、どうみても化け物…彼らは博士を攫おうとするもジャッキーの奮戦により無事博士は守られた。が、ジャッキーは現場で爆死!娘も病院で息を引き取る!
 絶望すぎる冒頭から13年後、舞台はオーストラリア。女子大生ナンシーを付け回す謎のハッカー、彼女の命を狙うアンドレ、そしてナンシーを守ろうとする覆面の男が3つ巴のバトルを繰り広げる。覆面の男は死んだと思われていたジャッキーで、彼はナンシーをひそかに見守っていた。ナンシーは死んだと思われたがジェームズ博士の発明、人工心臓によって命を救われたシーシーで、細菌兵器に冒され死期が迫っているアンドレは彼女の心臓から流れる血液を利用して生き永らえようとしていた!攫われたナンシーを救うべく、アンドレのアジトである空中戦艦にのりこむジャッキー…ってちょっと待て!空中戦艦ってなに!!

 もはやポリス・ストーリーとはかけ離れすぎたSF映画じゃないですか!というのも仕方がない。本作は中国資本で作られており、監督のレオ・チャンは中国出身だし、ハッカー役のショウ・ルオとナンシー役のオーヤン・ナナは台湾出身。ちなみにオーヤンは日本でも有名な歌手、欧陽菲菲の姪!悪役を演じているのはオーストラリアで活躍するカラン・マルヴェイとテス・ハウブリック。これは中国資本で作られ、世界中から様々なニューフェイスを集めてつくられたSF映画というコンセプトだったのだ。
 日本がポリス・ストーリーという名前にこだわりすぎて予告編もそれらしく作られていたが、海外版予告編ではSF映画としてつくられていたので、海外の観客は違和感がなかったろう…



 トンデモSF映画になった上に、65歳のジャッキーはアクションの後に息を切らしたり、ぜえぜえ言いながら駆けずり回ったり、今までは染めていた白髪もそのままにしている。かつてのファンはちょっとショックなんだけど、老いていることをあえて隠さずに、「僕はもう年なんだよ…」と言いながらスタントなしのアクションに挑んでいるわけ。さすがに全盛期のスピードはもう出せないが、65歳のジャッキーができるアクションに限界まで挑むのだ。こんなに動ける65歳、他にいる?シドニーのオペラハウスから滑り落ちてたよ!できねえよ!65歳で!
 ジャッキーは不死身だ!!誇り高い男は全力でぶつかる!

  


Posted by 縛りやトーマス at 09:09Comments(0)映画