2018年04月30日

カンフーものに外れなし『映画クレヨンしんちゃん 爆盛!カンフーボーイズ~拉麺大乱~』



 劇場用映画26作目。横浜・中華街を模したようなカスカベの中華街・アイヤータウンに入っていくマサオくんを見つけたしんちゃんをはじめとするカスカベ防衛隊は後をつけていくと、マサオくんは謎の拳法、ぷにぷに拳の師匠(CV:関根勤)に弟子入りしているという。一緒にやらないかと誘われるも面倒くさがるしんちゃんだったが、師匠の一番弟子である美少女のランちゃん(CV:潘めぐみ)を見て弟子入りを即決。「ぼく、兄弟子だから」と先輩風を吹かせるマサオくんだが、しんちゃんたちは8つあるぷにぷに拳を次々マスターしていくが、マサオくんはひとつも会得できないのであった。
 そのころ、アイヤータウンでは一度食べたら病みつきになり、禁断症状から暴力的になってしまうほどの中毒性を持つラーメン、ブラックパンダラーメンが大流行り。ブラックパンダラーメンのボス、ドン・パンパンはアイヤータウンを次々地上げしてチェーン店舗を建て続けていた。その魔の手は師匠の家にも伸び、対決の末に秘孔を突かれた師匠は「パンツ丸見え」しか言えなくされてしまう。師匠の仇討ちのため、ランちゃんとしんちゃんは猛特訓の末ぷにぷに拳の奥義8つをマスターし、伝説の最終奥義を会得すべく中国へ旅立つ。

 ドン・パンパンの目的はブラックパンダラーメンで稼いで稼いで稼ぎまくって大儲けするという、金もうけだけが目的の珍しい設定。映画クレしんの悪役の目的は世界征服とか、自分の思い通りの世界にするとかが最終目的で、過去のものすごいトラウマのせいでそうなったりするんだけど、今回の敵はそういうのが一切ない。それに中盤であっさりやられてしまう!
 中国でぷにぷに拳の精(声はサモ・ハン・キンポーの吹き替えでおなじみ、水島裕)から最終奥義を得る資格があるのかどうか問答になるのだが、ランちゃんは「正義のため」とか堅苦しいことばかりいう一方、しんちゃんは「最終奥義を得たら、ななこお姉さんとデートする!」とかふざけたことばかりのたまうものの、ぷにぷに拳は身も心も柔らかくしないとダメ!ということでしんちゃんが最終奥義獲得者に。納得できないランちゃんはしんちゃんが渋っている間に権利を横取りする形で最終奥義を得、帰国してドン・パンパンを片付けるも本当に悪いのはブラックパンダラーメンではなく、この世の色んな悪が問題なのだ!とコンビニで傘を持ち逃げする客を「お前の傘じゃないだろ!」と叩きのめし、満員電車ですかしっ屁をこくサラリーマンを「人に迷惑かけるな」とボコボコにしたりと、些細な悪すら許さぬ正義の人になってしまう。

 この「ヒロインが最後に悪になってしまう」という意外な展開は、僕と同い年の監督の高橋渉が「子供の頃漫画で読んだ、ゲームの『スパルタンX』でヒロインのシルビアが最後に襲い掛かってくるっていうネタが元で…」ってそれ、ファミコンロッキーじゃないか!!同じカンフーが題材とはいえ、こんなところでネタにされるとは…



 さて本作は映画の前半に張られていた伏線を見事に回収してオチがつくのだが、あまりに意外なオチのつけ方でのけぞった。そんなバカバカしい終わり方になるなんて…高橋渉監督作はロボとーちゃんやユメミーワールドなど、泣かせに走りすぎてて好きじゃなかったけど、今回はバカバカしい終わらせ方にして気持ちよかったね。カンフーものに外れナシだ。4人体制になってからの新曲となったももクロの主題歌『笑一笑 ~シャオイーシャオ!~』も作品テーマとあってバッチリだ!出番が1分以下なのはともかくとして…

  


Posted by 縛りやトーマス at 11:57Comments(0)映画アニメももいろクローバー

2018年04月28日

花は咲くか『ミスミソウ』



 怖い絵柄だけど普段は『でろでろ』とか愉快で陽気なギャグマンガを描いている押切蓮介が初めて本気のホラーを発表したところ多くの読者にカテゴリー5のトラウマを残した傑作の実写化。初期の単行本の帯に「精神破壊(メンチサイド)ホラー」って書いているぐらいのやつだから…『でろでろ』では妖怪やオバケを力づくでぶん殴った押切蓮介が今度は読者の精神をナイフでえぐり取る!
 内容のえげつなさから定番の「実写化不可能」と謳われていたが、えげつない物語づくりには定評のある内藤瑛亮によって完全映画化。クランクインの40日前にオファーが来たそうで、邦画にありがちな話とはいえそんな状況でよくもまあ、こんな傑作を作り上げたものだと唸らされた。


 過疎化が進む東北の街にある中学校に父親の仕事の都合で転校してきた中学3年生の野咲春花(山田杏奈)は「東京からきた」という理由だけで小黒妙子(大谷凜香)をリーダーとするクラスのグループから激しいいじめを受けていた。クラスの担任・南(森田亜紀)に訴え出ても生徒数の減少で廃校が決まっているので、面倒事を起こしてほしくないと相手にされない。卒業するまで春花は不登校を決めるがいじめグループの末席にいる流美(大塚れな)が春花の自宅にやってきて、春花が学校に来なければ自分がまたいじめの対象になると喚くのだった。
 そんな春花にとって唯一の救いはクラスメイトでただ一人味方になってくれる相場晄(清水尋也)で同じく東京からやってきた晄は写真が趣味で、まだつぼみの雪割草(ミスミソウ)の写真を撮って「春になって花が咲いたら一緒に東京に行こう」と誘われる。その帰り、春花の家は不審火で全焼する。両親は死に、妹は全身火傷の重症を負う。それはいじめグループによる放火であった。
 ショックで失語症に陥りながらも春花は登校するようになり、何事もなかったようにふるまう春花をいじめグループは恐れ、内3人が春花を呼び出し、自殺を強要する。放火の真相を知った春花はその場で3人を殺し、命がけの復讐をはじめる。


 一年中のほとんどが深い雪に包まれ、カラオケもレンタルビデオもない閉鎖的な田舎町で少年少女が静かに狂っていき「いじめぐらいしかやることがない」という理由でいじめられるヒロイン像には多くの観客が同情できるだろう。(「この閉鎖的な街に君の存在は毒だ」と言われるほどのヒロインを演じた山田杏奈の美しさも完璧)だから春花が家族の復讐のためにいじめグループを丁寧にいろんな手段で片づけていく展開にはどんなに手口や殺害方法が陰惨でも拍手を送ることはできる。しかしターゲットの残りがリーダーの妙子と末端の流美だけになったところで物語は別の展開を見せる。
 そもそも流美が放火のきっかけをつくり、妙子は知りながらも現場にはいなかった。春花に復讐された仲間の死体を見つけた流美は「私たちも殺される」と妙子に助けを求めるが「自業自得じゃん」と突き放される。妙子は春花が転校したとき、最初にできた友達で、ある出来事がきっかけで彼女を憎むようになったがグループの仲間に彼女を虐めるようにいったことは一度もなく、春花をいじめる仲間たちのそばで静かに立っているだけ。むしろ春花のことが好きだった、ということがわかってくると観客は戸惑うしかない(ただ、そばに立っているだけで風格を漂わせる大谷凜香の存在感は圧倒だ)木漏れ日の差し込む教室でカーテンにくるまれながらキャッキャウフフしているシーン(内藤監督は乃木坂46の『ぐるぐるカーテン』のPVを意識したという)はそれまでの陰惨な血まみれ劇と落差が激しすぎる。
 ついにバス停で妙子と春花が和解するに至り、復讐劇はあっさりと幕を下ろす。流美がノートに妙子の落書きをするほど密かに妙子のことを想っていて、「春花に晄を取られたから、妙子は春花のことを憎んでいじめたのではないか、放火も妙子のためにやったのに」と自分の気持ちをわかってくれない妙子を帰り道で凶刃にかける流美!登場人物の誰もかれもが勝手に他人の気持ちを曲解している(春花も妙子の本当の気持ちがわかっていなかった)。

 加害者側の人間性が明らかになるともう、観客は無邪気に春花のことを応援することなどできない。生き残ったものたちが勝手な思い込みを暴走させる愛憎劇になり、そしてラストシーンに至るわけですが、たったひとりの人間が罪を背負って生きていくことになる、という結末は原作から改変されているものの、原作者の押切蓮介が「こっちにすればよかった」と惜しんだほど秀逸で、ミスミソウの花が咲くクライマックスと見事につながっている。花は咲いた!




クライマックスに大音量で流れるタテタカコの『道程』主題歌としてつくられたようにハマっているが、実際は既発表曲


  


Posted by 縛りやトーマス at 11:27Comments(0)映画漫画

2018年04月21日

巨匠のマジコン疑惑

 80年代オタクが大歓喜の映画『レディ・プレーヤー1』、日本でもつい公開され大ヒットを記録。巨匠スティーヴン・スピルバーグ監督がまるで30~40代ぐらいの時に撮ったかのような瑞々しいアクション・アドベンチャーで、まさに年代そのものが80年代に回帰したかのような傑作の誕生です。これを71歳のスピルバーグが撮っているというのは物凄いことです。
 そんなスピルバーグ監督が来日、映画について語ってくれました。

【インタビュー】『レディ・プレイヤー1』スティーブン・スピルバーグ監督「皆さんを、空想と希望のある世界にいざないたかった」
https://ovo.kyodo.co.jp/interview/a-1149929

>-監督は、実際にVRゲームをプレーしたことはあるのでしょうか。

>プレイステーションで「マリオ」などをやりました。最初にやったときはゴーグルを外したくありませんでした(笑)。


 「プレイステーションでマリオをやった」ってどういうこと?映画の中にガンダムが出てきたり、『シャイニング』を追体験していることよりもこっちの方が気になってしょうがない!
 まさか巨匠がマジコン的なアイテムを使っていたということなのでしょうか?いやそんなことはあるまい。なにしろスピルバーグは巨匠ですから、巨匠に相応しいPSでもマリオが遊べる巨匠専用ハードを所有しているに違いない。さすが巨匠は一味違うぜ。




  


Posted by 縛りやトーマス at 23:18Comments(0)映画オタクハリウッド・スキャンダル

2018年04月16日

モリトモ・ペーパーズとは規模が違い過ぎるな『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』



 1971年、泥沼化する一方のベトナム戦争を分析した国防総省の機密文書、“ペンタゴン・ペーパーズ”をスクープしたニューヨーク・タイムズ、そして追随したワシントン・ポストの記者たちの奮闘を描く。

 ベトナム戦線に同行したアナリストのダニエル・エルズバーグ(マシュー・リス)は「戦線は悪化している」と報告するが、それを聞いた国防長官のロバート・マクナマラ(ブルース・グリーンウッド)はマスコミに「戦線は好転している」と正反対のことをいう。政府の方針を疑問に思ったエルズバーグは7000ページからなるベトナム戦線の分析・報告書“ペンタゴン・ペーパーズ”のすべてをコピーし、密かに持ち出す。
 コピーは大手新聞社のニューヨーク・タイムズに持ち込まれ半年に渡って分析される。タイムズは「世紀のスクープ」としてペンタゴン・ペーパーズを取り上げる。終わりの見えないベトナム戦争に疲れ果て反戦運動が高まり続けるアメリカ国内には衝撃が走る(当然)。しかしニクソン大統領(当時)は「機密漏洩だ!タイムズに圧力をかけろ!」と部下に電話で命令を飛ばす。映画の中で使われている音声はなんと本物のニクソン大統領の肉声(!)。

 結果、タイムズは「最高裁の判断にゆだねる」として途中で記事を差し止める。タイムズのスクープに臍を噛む思いだったワシントン・ポストの編集主幹ベン・ブラッドリー(トム・ハンクス)は自分たちがこのスクープを後追いし、ベトナム戦争の真実を伝えるのだ、とペンタゴン・ペーパーズのコピーをなんとか手に入れようとする。そんな折、ポスト編集部にヒッピー風の恰好をした女性が靴箱を持って現れ、箱を手渡して去っていく。その中にはペンタゴン・ペーパーズのコピーの一部が…この人が何者なのか、映画の中の登場人物でなくても気になるが、その正体は映画の後半で明かされる(まさかこんな人が…というオチで驚く)。
 コピーを入手したブラッドリーと記者たちは数日で後追いのスクープをしようとするが、折しも株式上場を果たしたばかりのポスト上層部らはタイムズが圧力に屈しかけているのを見た上に、ニュースソースが同じとなればタイムズ同様、自分たちも国家機密漏洩罪になるのでは?と記事を掲載することにストップをかけようとする。ブラッドリーらと上層部、顧問弁護士らの意見はぶつかりあい、掲載するか否かはワシントン・ポスト社主であるキャサリン・グラハム(メリル・ストリープ)の判断にゆだねられる。
 グラハムは前社主である夫のフィリップの自殺を経て社主になるのだが、それまでは単なる新聞社のお嬢様で、新聞のことなど何もわからないし、新聞社の人間として政府の高官らや大統領ともプライベートの付き合いがある身分。マクナマラ長官とは普段からランチの時に同席するような仲だったりする。ポストがペンタゴン・ペーパーズをスクープすることは友人・知人を敵に回すことになるのだ。プライベートの付き合いを取るか、それとも合衆国憲法修正第一条に則って国民の知るべき権利のためにこのスクープを掲載するのか?


 スピルバーグ監督は新作『レディ・プレーヤー1』の撮影後にこの企画に取り掛かり、わずか9か月ほどで企画・撮影・完成となり、アメリカでは2017年12月に限定公開、翌年1月に拡大公開。こんな突貫作業になったのはトランプ大統領下のアメリカでマスメディアを「フェイクニュース」呼ばわりし、萎縮する報道に「ビビらずに真実を報道しよう、ペンタゴン・ペーパーズを報道したタイムズとポストを見習おうよ!」と喝を入れるためだったという。
 今、この映画を一番楽しめるのは日本人であることは間違いない。日本でも今、モリトモ・ペーパーズ問題が大きく報道されているが(なんというベストタイミング!)、多くのメディアがビビッてしまい、まともに報道できないではないか。本家に比べてあまりにも規模が小さすぎるけれど、日本のマスメディアもぜひ戦って欲しい。
 政府に媚びを売るのが報道ではない、報道は国民の知るべき権利のためにあるのだというメッセージ、そして男性優位社会の中でまともに声をあげられなかったキャサリン・グラハムら女性たちが勇気を振り絞って戦う姿こそが正義というテーマははベトナム戦争の時代であろうが、2018年であろうが、不変のものだ。


  


Posted by 縛りやトーマス at 23:35Comments(0)映画世界のとんでもニュース

2018年04月15日

応援絶叫ヒロイン『トゥームレイダー ファースト・ミッション』



 2000年代に公開された映画『トゥームレイダー』のリブート版作品。3Dアクションゲームの金字塔である『トゥームレイダー』はプレイヤーキャラであるララ・クラフトが女性であることもあって単なる記号を越えたアイコンとして支持されている(もっとも成功したゲームのヒロインとしてギネスにも載った)。実写映画にされる時、ララをアンジェリーナ・ジョリーが演じると聞いてみんな拍手喝采したものだ。秘宝を巡って世界を駆け巡り、男勝りの活躍を繰り広げる大富豪の令嬢―などというキャラはジョリーしか演じられない!―だが出来上がった映画はあまりに中途半端でヌルかった。ド派手なアクションで開幕するも実は自宅での冒険シミュレーションだった!という腰砕けな冒頭の展開がそのまま終盤まで続いてしまうヘナチョコで、ジョリーはラジー賞にノミネートした。続編もヘナチョコなナンパ野郎とのかったるい恋愛ごっこを見せられ、ゲームシリーズが拡大を続け、大ヒットする中、映画版は忘却の彼方へ消えた。

 だが、2018年になって2013年のリブート版ゲームを元に復活。リブート版ゲームでのララ・クロフトはまだ冒険家としてスタートも切っていない時代の設定だ。ララは何年も前に失踪した大富豪の父親リチャードの帰還を信じて遺産の受け取りを拒み、自転車メッセンジャーのバイトをして暮らす貧乏学生。ある日、邸宅の隠し部屋を発見するとそこには古代のお宝や資料がザックザク。残されたビデオメッセージには自分が世界中の秘宝を求めて旅していた冒険家であったこと、秘宝を集めて世界の支配をもくろむ“トリニティ”という組織がいること、日本の無人島ヤマタイにあるヒミコの墓の封印が解かれれば世界は破滅すること―を観たララはヤマタイへ向かう。

 新生ララ・クロフトを演じるアリシア・ヴィキャンデルは映画前半のキックボクシング場面でバッキバキに鍛え上げた腹筋を見せつけ、自転車でイギリスの街道を縦横無尽に突っ走る場面などで身体能力の高さを証明してくれるが、冒険家としては素人レベル。そんな彼女がおっかなびっくりで罠をかいくぐり、ヘトヘトになりながら冒険を続けていく様子は、アンジェリーナ・ジョリー版ララ・クロフトと比べて弱弱しく映る。ジョリーはどんな危機的状況でも薄笑いで切り抜けるキャラクターだった。なにしろ『トゥームレイダー2』において海中でサメに襲われた時、サメの横っ面をぶん殴って撃退していたぐらいだから(ジョリーならそれぐらいはする)。
 ヴィキャンデルのララはまだ『ファースト・ミッション』の段階なので、大ジャンプひとつクリアするだけで大騒ぎ。見ているこっちも「がんばれ!」と声をかけたくなる。応援絶叫したくなるヒロインとは、2018年の日本向きではないか。舞台が日本の海に浮かぶ無人島なのは、そういうことだったのか。

  


Posted by 縛りやトーマス at 13:03Comments(0)映画

2018年04月11日

こういうのが見たかった『映画プリキュアスーパースターズ!』



 プリキュア15周年、そして歴代プリキュアが参戦するクロスオーバー作品も10周年という記念尽くし作品。はぐたんを連れてキャンプ(ゆるキャン!?)に出かけたHUGプリの3人+ハムスターは世界を嘘だらけにしようとする怪物・ウソバーッカ(CV:北村一輝)に襲われ、さあや(CV:本泉莉奈)とほまれ(CV:小倉唯)を攫われてしまう。ウソバーッカはさらにキラプリ、まほプリも攫ってしまってめちょっく!(めちゃショック、の意)残されたメンバーは、はな/キュアエール(CV:引坂理絵)、宇佐美いちか/キュアホイップ(CV:美山加恋)、朝比奈みらい/キュアミラクル(CV:高橋李依)というオールピンクな面子のみ。はなは過去に不思議な世界で出会った少年クローバー(CV:小野賢章、『北京原人』の子供原人役でおなじみ)と交わした約束を守ることができなかったことを思い出して…


 例年、クロスオーバー作品では先輩プリキュアが大量に登場して何が何だかわからないレベルの大混戦になってしまうのですが今作は直近3作品からの出演に止め、総勢12人の出演に。おかげで各キャラクターの個性を生かしたエピソードが強調されることに。例えば捕まってしまったプリキュアたちがなんとかして脱出しようとするのだが、方針を巡ってちょっとした口論に。そのやりとりの中で剣城あきら/キュアショコラ(CV:森なな子)がいつものノリで必要以上に顔を近づけるので壁ドン扱いされたり、まほプリが襲われた時にリコ/キュアマジカル(CV:堀江由衣)が身を挺してみらいを逃がそうとするんだけど、その時セリフを交わさずにアイコンタクトだけでみらいに意思を伝えて、受け取るみらいもアイコンタクトだけで応じるという目と目で通じ合うみらリコの関係性を表す名場面・・・っ!!
 プリキュア視聴者の大きなお友達が劇場でうんうん、と深く頷いたのであった。こういうところが見たいんだよな!!無理やりに先輩プリキュアいっぱい出さなくていいから!


  


Posted by 縛りやトーマス at 21:46Comments(0)映画アニメ

2018年04月04日

これは怪獣映画だ『シェイプ・オブ・ウォーター』



 第90回アカデミー賞、作品賞と監督賞の両方を受賞した瞬間、世界中の怪獣映画オタクが涙したという…メキシコ出身のギレルモ・デル・トロ監督は子供の頃テレビや映画館で見たモンスター映画に夢中になり映画作りの道を目指した。その彼の最新作は半魚人と人間の女性の恋愛についての映画だ。ジャンル分けをするならば恋愛映画、ファンタジーということになるが、この作品は間違いなく怪獣映画なのである。


 冷戦時代のアメリカ。航空宇宙研究センターという施設で清掃員として働く聾唖の女性、イライザ(サリー・ホーキンス)はアパートの隣室の住人である画家の老人ジャイルズ(リチャード・ジェンキンス)、職場の黒人女性ゼルダ(オクタヴィア・スペンサー)以外に話し相手もいない、職場と自宅の往復を繰り返す退屈な日々を送っていた。
 センターにソ連から亡命してきたホフステトラー博士(マイケル・スタールバーグ)が巨大なタンクを運び込み、「俺はトイレでは用を足す前しか手を洗わない。手を二度洗う男は根性なしだ!」とのたまう傲岸不遜な軍人ストリックランド(マイケル・シャノン)が指を切る大けがをし、イライザとゼルダは急遽部屋を清掃するよう命令される。イライザはその部屋でタンクの中にいる半魚人を見つける。ここは航空宇宙研究センターの名を隠れ蓑にした秘密研究施設だったのだ。

 神秘的な外見に心奪われたイライザはその後も隙を見ては部屋に忍び込み、エサとしてゆで卵を差し出し、手話を通じて半魚人と心を通わせていく。半魚人とは人間の言葉で会話などできないが、イライザだって口が聞けないから何も問題はない。

 やがて半魚人の処遇をめぐり、ロケットに載せて宇宙飛行士の代わりに宇宙へ送り込めと提案するホフステトラー(半魚人は鰓呼吸できるから、この謎を解き明かせばソ連との宇宙開発戦争に勝てる!というわけ)と手っ取り早く生体解剖すればいい、と主張するストリックランドの両者はぶつかりあう。結局ストリックランドの案を採用することになるのだが、それをこっそり聞いたイライザはジャイルズに半魚人を救う手伝いをしてほしいと頼み込む。人間ではない生き物なのに?と二の足を踏むジャイルズ。だがイライザが手話で「彼を助けなければ私たちだって人間じゃないわ」と言われ、救出を決意する。
 救出作戦が決行され、イライザは偶然居合わせたゼルダの助けを借りて半魚人を運び出そうとするが、ホフステトラーと鉢合わせしてしまう。しかしホフステトラーは「半魚人を入れる水槽には塩分を絶やすな」とアドバイスし、逃亡の手助けをする。ホフステトラーはソ連のスパイで、上官からアメリカが半魚人の秘密を解き明かす前に殺せと命令されていたが、殺すことに反対してイライザたちに半魚人を託すことに。

 無事イライザのアパートのバスタブに半魚人を匿うことに成功したのだが、こっそり抜け出した半魚人がジャイルズの部屋で飼っている猫をボリボリ食ったりするんだよな。なにしろ肉食だから(笑)。「この子たちは友達なんだから食べちゃだめだ!」と怒られてシュンとする半魚人が可愛い。
 イライザは風呂場を目張りして部屋中を水で浸して半魚人と―結ばれる。恋人もおらず仕事前の自慰行為を日課にしているような中年女性が初めて異性(?)と結ばれる場面の美しさときたら!半魚人の勃起のメカニズムもきちんと説明されてるんですよね!スゴイ映画だ!

 デル・トロ監督は子供の頃に見た『大アマゾンの半魚人』(1954)がお気に入りで、『大アマゾン~』はアメリカの探検隊がアマゾンの奥地で見つけたギルマン(半魚人)を捕獲して見世物にしようとする。ギルマンは探検隊紅一点の女性に恋し、攫おうとするが探検隊の反撃を受けて死んでしまう。モンスター映画として公開された『大アマゾン~』は異形の怪物の恐怖を描いているが、デル・トロ監督はこれを美しい愛の物語として解釈し、ギルマンと人間の女性が結ばれる話を想像したという。そのうえで『美女と野獣』風の物語にし、「『美女と野獣』はどうして野獣が最後に人間の王子に戻るんだ?純愛だというなら野獣の姿のまま愛せばいいじゃないか」という長年の疑問をぶつけた。この映画の半魚人は半魚人のままなのだ!
 なので、これはどう考えても半魚人の映画だ。恋愛映画だ、ファンタジー映画だのと甘い言葉では済まされない。どこからどう見ても完璧な怪獣、モンスター映画なのだ。そんな映画がアカデミー賞の作品賞を取ったりしたのは本当に奇跡というしかない。


  


Posted by 縛りやトーマス at 23:24Comments(0)映画

2018年04月03日

お別れだけど、さよならじゃない『リメンバー・ミー』



 ピクサーの大ヒット作である。最近のピクサーは『トイ・ストーリー』『モンスターズ・インク』『ファインディング・ニモ』『カーズ』の続編ばかりでネタ切れ感が出ていた。ライバルのディズニー(といってもピクサーはディズニーの子会社だけど)が『アナと雪の女王』『ベイマックス』『ズートピア』とオリジナルのヒット作を立て続けに公開してピクサーを追い抜いて立場が完全に逆転している。ピクサー側にディズニーアニメを上回るオリジナルのヒット作を出さなきゃ、という思いがあったのは間違いない。なにしろこの『リメンバー・ミー』は『アナ雪』や『ズートピア』と同じ流れを持っているから。

 舞台はメキシコ、とあるメキシコ人一家の物語。リヴェラ家は代々靴製造を生業としてきた一族で、かつて一族の長であった男が音楽家になる夢をかなえるために家族を捨てたことから妻のママ・イメルダは音楽を嫌い音楽をすることも聞くことも禁止する掟を家の者に受け継がせた。しかし12歳のひ孫、ミゲルは密に音楽を愛し、手製のギターを弾いて国民的人気歌手のエルネスト・デラクルスを信奉していた。

 年に一度、亡くなった先祖が残された家族に会いにやってくるという「死者の日」が迫る。祭壇に先祖の写真を飾り、墓場から家までの道を花びらで舗装する。日本の盆と同じようなものがメキシコにもある、というのは恥ずかしながらこの映画で初めて知った。

 リヴェラ家も祭壇に先祖の写真を飾っていて、家族を捨てた高祖父の顔の部分だけは切り取られていたが、折りたたまれた写真にはギターが写っていて、それはデラクルスの霊廟に保存されているギターと同じだった!自分の高祖父はデラクルスだと確信したミゲルは死者の日に行われる音楽コンテストに出場しようとするが、ママ・イメルダの娘であり、認知症を患っている曾祖母のママ・ココに代わって一家の長になっている祖母のエレナは「音楽禁止の掟」に従ってミゲルのギターを壊してしまう。夢をあきらめきれないミゲルは「自分はデラクルスのひ孫なんだから」ということで霊廟に忍び込んで祭られているギターを盗み出す。

 するとミゲルは死者の姿が見えるようになり、生きていながら死者の国へ行けるようになる。リヴェラ家の先祖たちと出会ったミゲルはママ・イメルダから「死者の物を盗もうとしたから、死者の国へ送られた。先祖の許しを得られれば生者の国へ戻ることができる」と聞かされるがその許しに「二度と音楽をしない」という条件をつけられたのでデラクルス本人にあって許しをもらおうとその場を飛び出す。ミゲルは生者の世界で家族に会いたいのだが、家族が祭壇に写真を飾っていないからダメだ、という理由で生者の国の入国管理局(風の施設が存在しているのがおかしい)に止められていた死者のヘクターが「自分はデラクルスの知り合いだ」というので、彼と行動を共にしデラクルスから許しを得ようとするのだが…


 死者の国では生者であるミゲルの体はだんだんとドクロ状になっていき、死者の国の夜明けまでに生者の国に戻らないと本当に死んでしまう。デラクルスに会うために死者の国の音楽コンテスト(ここにもあるのかよ)に出なければいけないミゲルはヘクターの知り合いにギターを借りるのだが、その友人は弱っている。「もう、俺を思い出す者は誰もいない」といって消えてしまう。死者の国にいる者は生者の国にいる子孫や知り合いがその人のことを覚えているうちは元気いっぱいだけど、その人のことを覚えている人がいなくなって忘れ去られると二度目の死を迎えてしまう。劇中、画家のフリーダ・カーロやルチャリブレのエル・サントなどが出てくるがこの人たちは生者たちに慕われているのでみんな元気なんだ。「お別れだけど、さよならじゃない」という劇中歌の歌詞はじいんとする。

 墓参りをして先祖を敬うという儀式が伝わっているアジアの人ならこの風習はすんなり理解できるだろう。この映画をきっかけにして風習、文化が異なる国のことを理解できるようになっている。ディズニーアニメ映画は『アナと雪の女王』で性の多様性を謳い上げ、『ズートピア』で種族の多様性をテーマにしていた。ピクサーもこの流れに乗らないと、と思ったのか、その試みは見事に成功している。『リメンバー・ミー』も明らかにこの流れを汲んでいて人種の多様性をテーマにしている。それを説教臭くいうわけでもなく、娯楽作品として完成させているのはただ事ではない。誰も映画見て説教なんてされたくないもんね。

 後半でヘクターやデラクルスの過去が明かされると、そんな内容だと想像もしていない観客は心底驚かされる。強烈などんでん返しがあって、散りばめられた伏線がきちんと回収されていくクライマックスはさすがピクサーだなと思うし、体中の水分を吸い取られること必至。僕も映画が終わったあとはヘクターみたいにガリガリになっていた。


  


Posted by 縛りやトーマス at 00:31Comments(0)映画アニメ

2018年03月27日

80年代エロサブカル偉人伝『素敵なダイナマイトスキャンダル』



 70~80年代のエロサブカル界の偉人、末井昭の自伝『素敵なダイナマイトスキャンダル』の映画化。
 小学生の頃、母親が隣の家の少年とダイナマイトで自殺したという壮絶すぎる過去を持つ末井氏はその過去に引きずられるように青年時代を駆け抜ける。アートにかぶれてデザインの道に進むが仕事はキャバレー、ピンクサロンの看板描き。「情念の赴くままに」ドギツイ色彩の看板を描きまくるがキャバレーの店長からは「風俗店の客はお前のいうアートなんか見ていない。そんなこと描いてないで“性の万博・世界の国からこんにちは”とか描いとけ!」とドヤされる。母親のダイナマイト心中を唯一肯定してくれたデザイン会社の先輩、近松さん(峯田和伸)から「末井くん!君はこんなろくでもない会社の連中のいうことなんか気にしないで、君のやりたいことを描けばいいんだよ!」と発破をかけてもらっても(峯田の演技もあって、すごく好きなシーンだ)自分のやりたい表現はこの世界でまったく認めてもらえないのだ…
 末井はやがてデザイン会社の同僚から紹介されたエロ雑誌のアルバイトをきっかけにエロ雑誌の世界に入り込み、『ウイークエンドスーパー』『写真時代』といった伝説のエロ雑誌を創刊、時代の寵児となっていく。そんな末井昭を演じるのは柄本佑。見た目と雰囲気が末井さんにそっくり!


 80年代のエロ雑誌をむさぼり読んでいた僕にとってはこの映画で描かれる中学生男子たちのエロにかける思いは涙なしでは見られない。「エッチなお姉さんが話相手になってあげる」という雑誌の電話番号に鼻血を出す勢いでかけてみれば電話は編集部につながっていてバイトの編集スタッフに末井さんが「適当に相手しろ!」とつなぐ。当然まったくお話できないので知り合いの風俗のお姉さんを臨時バイトに雇って話し方をレクチャー、電話回線は数台に増えてレクチャーを受けた編集スタッフ女性の事務的な喘ぎ声が編集部内に響き渡る。それを「エッチなお姉さん・ひとみ」と信じてタバコ屋の赤電話からかける中学生男子たち。これを「アホや」と切り捨てることはできるだろうか?いやできない!

 最近20代の男子と話してみたところ、当然のように「エロ雑誌はほとんど買ったことがない」「ネットでエロは見ている」という。粒ぞろいの美人モデルがなんでもかんでも見せてくれる時代に生きている彼らには、タバコの煙が立ち込める喫茶店で「真鍋のオッちゃん」なる人物があっせんする素人モデルのブサイクぶりはとても信じられないだろう(この真鍋のオッちゃんを舐めダルマ親方こと島本慶が憎めなく演じている)。
 なんでもやります、という名目で紹介された娘が「わたし、水着までしか見せません!モデルなんだから」と言い出して現場は大混乱。あわてて末井は真鍋のオッちゃんにクレームの電話を入れる。その間カメラマンの荒木経惟(演じた菊地成孔がまったく似ていないが、勢いでアラーキーっぽく見せる怪演ぶりだ)が「なんで脱げないんだよ!ははぁ、お前、変な乳首なんだろ!変じゃねえなら見せられるだろうが!」とカマシを効かせ、末井が電話を終えて戻ってきたころにはすっぽんぽん!アラーキーの口八丁手八丁で女を脱がせるテクニックが垣間見れてこれが天才と呼ばれた所以か…

 時流に乗ってバカ売れする末井さんのエロ雑誌だが、ワイセツ表現、女性器が見えそうなカットのせいで毎月のように警察に呼び出され(松重豊があのノリで「これ、入ってるんじゃないの?ダメだよぉ~こんなの載せちゃあ・・・」とゆるい説教をし、柄本佑が「いや、入ってるように見えるだけで・・・」とゆるゆるで交わしていくやり取りは爆笑を禁じ得ない)、発禁処分を食らい続ける。
 金が儲かりすぎて小銭でポケットが重くなると道端に捨ててしまったり、先物取引でン億円の借金を背負ったり、愛人が精神を病んで狂人になってしまったり、最初の妻との離婚を経験し…と母親をダイナマイト心中で亡くした過去に負けず劣らず、嵐のような人生を送っているのに悲壮感がほとんどなく、飄々と人生の岐路を渡ってしまう末井さんのユーモアかつペーソス感あふれる生きざまは、サブカル野郎が人生を生き抜くヒントが隠されているようにも思える。
 そして登場する女性たちの「理想のサブカル感」が現れていて同じ趣味のご同輩にはたまらんね。ダイナマイト心中する母親、尾野真千子。末井さんの最初の嫁、前田敦子(にじみ出るサブカル感!)。愛人役、三浦透子の名前のごとき透明感!さらに狂人になったあとの異常な美しさよ!エロ業界の男たちはみんなバカでスケベ(当たり前だけど)だが、女たちはみな印象的で美しく、そして強い。女装をして、自分の中に女を持っている末井さんらしい男女観が出ている素敵な映画化。



  


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2018年03月21日

革命的女性アクション映画『悪女/AKUJO』



 裏路地の扉をこじ開け、建物に突入した人物が主観映像で目の前に現れた連中を蹴り飛ばし、銃撃、ナイフで切り付けていく。次々現れる敵を片付けた後、ガラス張りのトレーニング・ルームに。そこで初めて襲撃者の顔が映ると美人じゃないですか!
 …という韓国発のスタイリッシュ・アクション『悪女』はそのような冒頭で幕を開ける。陰惨極まりない乾いたタッチで描かれる女の復讐劇だ。
 スクヒ(キム・オクビン)は子供の頃に父親を目の前で殺され、天涯孤独の身になったところを裏社会の連中に救われ彼らによって殺し屋に育てられる。教育係のジュンサン(シン・ハギュン)に恋し、やがて結ばれる二人だが、ジュンサンは敵対する組織によって殺されてしまう。仲間の静止を振り切ってスクヒは組織に乗り込み、壊滅させる(それが冒頭の主観映像の場面)。

 スクヒは警察に取り押さえられ、その腕を見込んだ政府極秘の暗殺組織に組み込まれる。これが全員美女だけの暗殺部隊という香港映画の『レディ・ウェポン』みたいで盛り上がる。スクヒはお腹に宿したジュンサンの子供のために「10年働けば金を与えて解放する」という約束と引き換えに組織に留まることに。最終試験に合格し、スクヒは別名と舞台女優という仕事を与えられ、娘と二人で暮らし始める。舞台女優として暮らしながら組織から暗殺を請け負う仕事の日々を送るうち、マンションの隣に越してきたヒョンス(ソンジュン)という若い男に声をかけられる。妻を早くに亡くしたという独り者の男の日参に少しずつ心を寄せてゆくが、彼は組織に命じられてスクヒを監視していた。
 組織からの最初の仕事はあるターゲットを狙撃せよというもの。しかもヒョンスとの結婚式当日(こんな日にするなよ!嫌がらせか!)。結婚式場で花嫁衣裳をまとったスクヒの美しさに息を飲むが、直後に待っているのはあまりに血なまぐさい運命。狙撃するターゲットは死んだと思っていたジュンサンだった!

 もはや組織もジュンサンも何もかも信用できないスクヒを殺し屋たちが狙い、監視という任務を超えて彼女を本当に愛し始めるヒョンス。しかし愛する者も何もかも失ってしまうスクヒに残されたのはたったひとつ、「復讐」。

 監督のチョン・ビョンギル(『殺人の告白』)は韓国映画で女性アクション映画のヒット作がまったくないことに不満を持ち「いつか女性アクション映画のヒット作を作る」野望を抱いており、今回「いつかアクション映画で主役を張りたい」と願っていたキム・オクビンと組んで念願の傑作を生みだした。
 ほぼノースタントでアクションに挑んだキム・オクビンの身体能力はすさまじく、冒頭の主観映像アクションや、トンネル内をバイクで爆走しながら並走する敵とチャンバラを繰り広げるシーンなど、セット撮影と思いきや本当のトンネルで実際にバイクを走らせながらのアクション。クライマックスでもアクセル踏みっぱなしにした車のボンネット上で後ろ手でハンドルを操作しながら前を走るバスに肉迫するという、ハリウッドでもやらないような命がけのアクションに挑戦していて興奮に次ぐ興奮だ。

 それにしても『悪女/AKUJO』というタイトルは皮肉だ。スクヒは残酷な殺し屋だが、彼女がそうならざるを得なかったのは騙し、裏切り、搾取だらけの人生を送っていたからだ。生まれながらの悪などなく、生き抜くために悪になるしかなかった。男性中心のアクション映画が多い韓国映画でこういった作品が登場するのは性差別や搾取がまかり通っていると言われがちな韓国映画界(日本映画界も似たようなもんだけど)にとってようやく訪れた革命かも知れない。

  


Posted by 縛りやトーマス at 15:14Comments(0)映画