2019年10月21日

まったく笑えないコメディ映画『ジョーカー』



DCコミックスの『バットマン』に登場する悪役、ジョーカーを主役にした映画。バットマンではなく悪役が主役の作品だ。といってもティム・バートンの『バットマン』『バットマンリターンズ』もジャック・ニコルソンが演じたジョーカーとダニー・デヴィートのペンギンがほぼ主役級の扱いだったりしたわけだが(バートンは主役のバットマンよりも悪役の方に感情移入して撮っている)、その二本とも、違った作風になっているのがミソ。

 道化師の派遣会社で勤務しているアーサー・フレック(ホアキン・フェニックス)は不況で荒廃したゴッサム・シティに住んでいる中年男だ。コメディアンとして活躍し、テレビで人気の司会者マレー・フランクリン(ロバート・デ・ニーロ)みたいにみんなを笑わせたいと思っている。
 アーサーは突然笑いだす病気に苛まれていた。バスに乗っているだけでおかしくて笑いだす。「僕は突然笑いだす病気なんです。気にしないでくださいね!」と自己紹介するためのカードを持ち歩いている。
 なのにピエロの扮装でサンドイッチマンをしていれば悪ガキに悪戯され、認知症気味の母親ペニーの世話もしなければならない。自分のカウンセリングもシティの財政難を理由に打ち切られた。こんなひどい世の中じゃあ、笑うしかないじゃないか!なあ、おかしくて仕方ないだろ?

 同僚のランドルから「これぐらいは持っておけ」と渡された拳銃を小児病棟で入院幼児を励ます仕事中にうっかり落としてしまったアーサーは会社を首になる。これで思い出したのが昔のバイト先の常駐現場にナイフを持ち込んでいた同僚がいて、大目玉を食らっていたことがあった。現場にはすごくイヤな先輩がいて、やっちゃう気だったのかな?彼は「護身用だ」って言ってたけど・・・

 首になった帰りにアーサーは地下鉄内で3人の酔っ払いサラリーマンに絡まれる女性を見る。仕事ないし、母親の介護もしなくちゃいけないし、市の財政難を理由に自分のカウンセリングも打ち切られてしまった。何もかも最悪だ。なのにこいつら会社で仕事にありついてる連中はみんな幸せそうだ。あーおかしくてしょうがない!
「てめえ、何がおかしいんだ?」
 リーマンたちに絡まれたアーサーは咄嗟に拳銃をぶっ放す。逃げ出した一人を執拗に追い回して背後から仕留め、構内から飛び出したアーサーの心は晴れ晴れだ。
 翌日ニュースで殺した相手が大富豪トーマス・ウェイン(ブレット・カレン)の証券会社の社員たちだと判明。この事件は「富裕層に恨みを持つ貧困層による犯行」とされ、シティにはピエロの扮装をして富裕層への怒りをあらわにする者たちが現れるようになる。「ピエロ」が怒りの象徴としてアイコン化されるのだ。シティの問題を解決するべく市長選に立候補することを宣言したトーマス・ウェインはこの事件を「街に蔓延る汚らしい連中がやりそうなことです」と吐き捨てる。この発言はシティで暴れまわるピエロたちの怒りの火に油を注ぎこむ行為になる。

 コメディアンとして初めてバーの舞台に立ったもののアーサーの生活は何も変わらない。母親の手紙で自分はトーマス・ウェインの隠し子であったことを知り屋敷に乗り込むも執事から冷たく追い返される。帰宅すると救急車で運ばれる母親の姿が。地下鉄の事件でアーサーのことを事情聴取に来た刑事たちの訪問に驚き発作を起こしたのだ。
 病院の入り口で刑事たちから事情聴取を受けるアーサーは派遣会社でランドルが拳銃を奪われたと告げていることを知り、自分にかかった疑いはすべてデタラメだと答える。病室で母を見守るとフランクリンの番組でアーサーが初めて出演したバーの映像が流される。僕のショーをフランクリンが見てくれた!どうだい母さんすごいだろう!
 アーサーを「ジョーカー(道化師)」と紹介したフランクリンはアーサーの「子供のころ学校が嫌いだった。すると母親は「いずれ社会人になるのだから」と。でも今僕はコメディアンだ」というダダ滑りのギャグを聞いて「確かに、誰でもコメディアンになれる時代です」と嘲笑する。

 市長選のための演説会場前ではトーマス・ウェインのテレビでの発言に怒り狂うピエロたちが押しかけていた。それに紛れ込んだアーサーは対面を果たすが、トーマスからは「あの女はイカれている」と言われ自分と母親ペニーとは何の関係もなく、アーサーはペニーの養子だという。母親がかつて入院していた州立病院のカルテからペニーの恋人の暴力でアーサーは「突然笑いだす病気」になったこと、ペニー自身も虐待をしていたことが明らかになるとアーサーはたった一人だけ信じていた母親にも裏切られたことに絶望し、彼女を殺す。

 絶望だらけのアーサーにたったひとつの光明が差し込む。フランクリンの番組スタッフから出演依頼の電話がかかってきたのだ。「以前放送したあなたのショーの映像が話題なので、出演しませんか?」あのダダ滑りして、フランクリンが薄ら笑いを浮かべたあれが!?アーサーは快諾する。
 生出演当日。ピエロのメイクをしたアーサーは刑事たちに追われるが今や町中がアーサーのようにピエロの仮面、メイクをした怒りに震える連中であふれかえっている。彼らはアーサーを守るように刑事たちの邪魔をする。無事アーサーはフランクリンの番組に「ジョーカー」として出演。「地下鉄の事件で3人をやったのは俺だよ」



 ここ30年ぐらいの映画でここまで危険なやつは見たことがない。今や世界中でかつてないほどの格差社会が蔓延しており、一握りの富裕層がありとあらゆる富と権利を支配して、貧困層を絶望のどん底に突き落としている。彼らはヘナチョコな連中が搾取されるのは当たり前さとばかりに偉そうな顔をしてふんぞり返っている。たかが稼いでいるだけの人間が稼いでいない人間を平気で見下し、テレビの司会者ごときがこれまた偉そうな顔で世間を切って捨て、他人を笑いものにするのだ。
 格差社会の底辺にあえぐ人々には他人事と思えない。違うことはたった二つ、銃を持ち人に向けるか、怒りを権力者に直接向けるか、だ。『ジョーカー』では貧困層の怒りが直接権力者たちに向いていくが、世界中でうっぷんの溜まった人の怒りが自分より底辺の人々に向かう有様だ。仕事を奪われた怒りを移民に向けたりだとか、今日本では台風の被害で避難生活を強いられる人たちが避難所にホームレスが来るのはイヤだと排除しようとしたり、それらの行動をお笑い芸人が「嫌でしょ」「何されるかわからないし」とか言い出す始末。またその発言を巡って議論が戦われたりする。プライベートもない避難生活を強いている役人や政治家に怒りは向かないのだ。

 アーサーは「自分からすれば悲劇でも、他人から見れば喜劇なんだ」といっていた。『ハングオーバー!』シリーズなどで知られるトッド・フィリップス監督は絶望的な格差社会をまったく笑えないコメディ映画として撮ってしまった。劇場内では観客が次第にどんよりしていくのがよくわかる。
 この映画を見てると、大抵の世の中はサディストによって支配されて、彼らによってマゾヒストが量産されていることがわかる。権力者はトーマス・ウェインみたいな他人を見下すサディストで、アーサーみたいに痛めつけられても笑うしかないマゾヒストを支配している。だがマゾヒストだっていつまでも痛めつけられてるわけではない。銃口がお前に向くことだってあるんだ。その時はお前を笑わせてやるぞ。さあ笑え!おかしくてしょうがないだろう?

  


Posted by 縛りやトーマス at 10:18Comments(2)映画