2018年03月04日

まさにおそロシア『イカロス』

 3月4日(日本時間3月5日)に発表される第90回アカデミー賞。今回は去年ハリウッドに吹き荒れたハーヴェイ・ワインスタインのセクハラ、パワハラ問題に端を発するMe too運動の余波を受けたせいか主要部門の有力候補は女性主人公の映画が並んだ。作品賞を争う二大候補は『スリー・ビルボード』、『シェイプ・オブ・ウォーター』。ただし監督賞に『スリー・ビルボード』のマーティン・マクドナーがなぜかノミネートしていないので、作品賞を『スリー・ビルボード』、監督賞を『シェイプ・オブ・ウォーター』のギレルモ・デル・トロ監督が分け合うと予想する。

 まだ見られていない映画もあるので、全体的な予想はこの程度にしておくが、気になるのが長編ドキュメンタリー部門だ。5本のノミネートのうち二本がネットフリックスで配信されているので日本でも観ることができる。そのうち最有力候補と言われている『イカロス』を観たんだけど…これは…恐ろしい映画だよ…





 『ウィッチマウンテン/地図から消された山』に出演したりしてる映画監督のブライアン・フォーゲルはアマチュアの自転車レースに出ている男。彼はツール・ド・フランス7連覇を達成した鉄人ランス・アームストロングが現役引退後にずっとドーピングをしていたことを告白し、過去の記録、栄光をすべてはく奪されてしまったことに注目した。アームストロングはあまりに強すぎてドーピングを疑われ続けていたが、現役時代500回を超える検査すべてに陰性だったことを強調し「俺はドーピングなんかやってない!」と言い張っていた。しかし実際は…
 フォーゲルはドーピングの検査システムがおかしいのでは?と思い、なんと自らドーピングをしてアマチュアの自転車レースに出場、現代のドーピング検査がザルだということを証明しようとした。モーガン・スパーロックの『スーパーサイズ・ミー』のドーピング版だ!

 ドーピングの専門家と検査をパスする専門家を探してフォーゲルはフランスのアルプスを7日間走り続けるレース、オートルートに出場する。最初に頼んだ人間はビビって受けてくれなかったが、その代わり知人を紹介する、といってロシアのドーピング検査機関所長であるグリゴリー・ロドチェンコフと出会う。グリゴリーはドーピングのプロで、「レースに出て、検査をパスしたいんだな?任せろ」とスカイプで自信たっぷりにアドバイス。彼はいつも上半身裸で愛犬とじゃれあってる、おかしな人だ。そもそもドーピングの不正を告発する立場のグリゴリーがなぜ積極的にドーピングする人間の手伝いを喜んでするのか?不安になりながらも彼の力を借りてフォーゲルはオートルートに出場。しかしまさかの自転車の変速機が壊れてしまうというアクシデントでレースは惨敗…しかも尿検査の抜き打ちをすると言われながら実際は検査なんてなかった。なんだそりゃ!企画倒れやんけ!ガッカリだよ!


 しかしフォーゲルが真のガッカリを体験するのはそのあとだ。2014年12月にドイツのテレビがロシアの陸上選手の間でドーピングが蔓延していると告発、世界アンチドーピング機構(WADA)の調査でロシアが国家ぐるみでドーピングを行っていると報告。その中心人物は誰あろうグリゴリーだった。
 すっかり友達関係になっていたグリゴリーの正体に驚くフォーゲル。国家ぐるみのドーピングをやらせたというスポーツ相のヴィタリー・ムトコやプーチン大統領は報道を否定。しかしグリゴリーは所長の座を追われ、検査機関は閉鎖へ。
 するとグリゴリーはおびえた表情で「命の危険が迫っている」と亡命を希望。フォーゲルはなんとか彼をアメリカへ逃亡させる。数日後、ロシアの反ドーピング機関トップのニキータ・カマエフが「心臓発作」で死亡したというニュースが。彼は昔からの友人で親友だった、心臓が悪いなんて聞いたこともないというグリゴリー。「彼は本を書こうとしていた。ロシアで本を書くのは命取りだ」カマエフは国家ぐるみのドーピングを告発しようとしたのか?
 グリゴリーはカメラの前で告白する。ロシアが国家ぐるみでドーピングを推奨していたこと、北京五輪(2008)、ロンドン(2012)で獲得した多くのメダルはドーピングの結果だったこと、その中心人物として関わったこと、プーチン大統領がそれを知っていたこと…

 『イカロス』は監督が当初想定していた方向とはまったく違う路線に舵を切る。自ら挑戦した人体実験ドキュメンタリーのはずが、国家規模の陰謀を暴く壮大な話になっていくのだから。


※ここからネタバレに関することが書いてありますのでまだ見ていない人は鑑賞後に読むことをオススメします!






 冬季五輪のソチ(2014)でロシアは過去最大の33枚(うち金メダル13枚)のメダルを獲得したが、グリゴリーによるドーピング検査をパスする方法の内幕は「そんな簡単なことでいいの?」と開いた口が塞がらない。WADAはドーピング検査のために二種類のボトルを用意する。このボトルはスイスの会社がつくった特殊なボトルで、WADAのラボが所有するボトルのキャップを破壊して開ける機械でないと開けられない。グリゴリーは副スポーツ相だったユーリ・ナゴルニフの厳命で「ボトルを開ける方法を見つけろ」と言われ、元KGB職員にボトルを渡すと30分で開けてしまった!ロシアは尿検査が行われるWADAのラボの隣の建物に元KGBを待機させ、夜中にラボに忍び込んでボトルを盗むと中身を入れ替えラボに戻すという手段で汚れた尿を綺麗な尿に変えたという。
 国家ぐるみでこんなこんなことやってたのかと思うとアホらしくなってくるし、それを言われるまで見つけられないWADAもアホらしいが、勇気ある告発をしたグリゴリーはロシア政府から敵視され、グリゴリーがアメリカから密かにロシア国内にいる妹と交わした通話は盗聴されて、テレビで流された!スノーデンも真っ青の国家の陰謀に背筋が凍る思い。まさに…おそロシア!!

 WADAはグリゴリーがひそかに国から持ち出したハードディスクの資料から彼の告発は真実であり、ロシアは国家ぐるみでドーピングをしていると、開催が迫るリオ五輪(2016)にロシアを出場させないよう勧告。しかしIOC(国際オリンピック委員会)は最終的に271人の選手の出場を認めた。一体、フォーゲルとグリゴリーの勇気ある告発はなんだったのか?


 ギリシア神話のイカロスは蝋で固めた鳥の羽根をつけて太陽にも届くと舞い上がったが、焼け落ちて死んでしまった。二人の戦いはただの無謀だったの?オリンピックの理念って何!?





同じカテゴリー(映画)の記事画像
奪還せよ『エクスティンクション 地球奪還』
約一年で撤去された前田有一
シリーズ最高の傑作にして最大のトンデモ『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』
2010年代のエド・ウッドだ!『ブリグズビー・ベア』
大規模公開の私的作品『未来のミライ』
その後の人生『最後のランナー』
同じカテゴリー(映画)の記事
 奪還せよ『エクスティンクション 地球奪還』 (2018-08-14 11:32)
 約一年で撤去された前田有一 (2018-08-12 23:18)
 シリーズ最高の傑作にして最大のトンデモ『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』 (2018-08-06 00:45)
 2010年代のエド・ウッドだ!『ブリグズビー・ベア』 (2018-08-04 12:34)
 大規模公開の私的作品『未来のミライ』 (2018-07-29 20:01)
 その後の人生『最後のランナー』 (2018-07-21 03:19)

※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。