2018年11月26日

人としてのボーダーラインはどこにあるのか『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』



 メキシコの西武、ミチョアカン州・オカンポで今年6月20日から21日にかけて市長選の立候補者二名が殺害された。7月に大統領選、上下院議員選挙、地方都市の市長選など合わせて3400の選挙が一斉に行われる、メキシコ最大の選挙が控えている。以来立候補者、候補予定者、選対スタッフが相次いで殺害されている。ミチョアカンのケースでは左派・民主革命党の市長候補、フェルナンド・アンゲレス・フアレス氏が殺害された。アンゲレス氏は実業家で政界の経験はほとんどなかったというトランプ米大統領の経歴を彷彿とさせる。彼は街に蔓延る貧困、汚職を見るのに耐えられないという理由で立候補を決意したが…
 検察当局はアンゲレス氏の殺害に地元の公安部長が関わっていた(!)として逮捕に踏み切るが、地元警察官らがこれに抵抗、検察は翌日増援部隊を伴い、威嚇射撃の応酬になるが公安部長と警察官28人を逮捕した。オカンポは麻薬カルテルやギャングに支配されており警察も賄賂を受け取っていたのだろう。
 これはメキシコ中、どこにでもある光景で麻薬カルテルが力をつけすぎて、軍隊も抑えられない。というかカルテルの戦闘部隊に元軍人が雇われていたりする。2016年公開のドキュメント『カルテル・ランド』ではミチョアカンを舞台に犯罪組織ロス・セタスの暴虐から街を守ろうと一人の町医者が立ち上がり、自警団を組織する様子を追う。自警団は武装してロス・セタスとドンパチをかまして次々街を解放、それに合わせて自警団の規模も拡大し、熱狂的な支持を受けてカルテルの暴力に怯える住民から歓迎されるが、中には「あんたら、良いことをやってるみたいに言ってるけど、ただの無法者の集団じゃねえか!?」と冷や水をぶっかける人もいる。マシュー・ハイネマン監督はスペイン語もわからずに自警団に同行。拡大しすぎた自警団は街の警察官を捕まえてボロ小屋に軟禁して「お前ら、ギャングから賄賂を受け取っているんだろう!」と責める。どんなに否定しても自警団は「殺されたいのか?」と拷問を続けて「賄賂をもらっていた」と告白するまでやめない。暴力に耐えかねて不正を認めるとズドン!さすがに自警団も「ここは撮るな」とハイネマン監督に告げるが、監督は一連の様子を隠し撮りする。すごい根性だな!
 2015年公開の『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と影』はメキシコ、いや世界でもっとも危険な街と言われるシウダー・フアレスを舞台に麻薬カルテルのすさまじい暴力と支配を描く。年間3000人がカルテルによって殺されるこの街では警察も役に立たない。買収されているか、逆らえば報復が待っている。地元警察官リチは未解決の殺人事件のファイルが山積みにされた机の前で頭を抱える。同僚3人は報復を受けた。両親からは警察をやめて他の仕事をしろといわれるが、不況の街には仕事などない。リチは愛する地元の街を救いたいと願うが、何もできない。麻薬カルテルはもっとも力があるし、金もあるので貧しい地元に貢献したりして支持を受けている。女子校生らが無邪気にも「付き合うならギャングがいいわ。カッコいいもの!」と黄色い声を送る。そんな麻薬カルテルやボスたちを称える歌がメキシコで大流行り。ナルコ・コリードというジャンルでアメリカでも売れているのだ。ただし、歌詞が暴力的すぎるのでラジオではかけられない。
 ナルコ・コリードの人気歌手、キンテロは「手にはライフル 肩にはバズーカ 逆らうやつは頭ぶっ飛ばす」と物騒な歌でヒットチャートを駆け抜ける。ライブでバズーカ(多分本物)をかついで歌えば観客は大声援。だが家に帰れば妻と子供が待っていて、貧困の中から抜け出すにはナルコ・コリードしかなかったんだと呟いて観客は胸を打たれる。

 すさまじいばかりの迫力に満ち、渇いた血の匂いのする題材がメキシコ麻薬戦争だ。ドキュメントとして優れているならフィクションでも通用するだろうとして傑作になったのが2015年の『ボーダーライン』だ。アカデミー賞3部門ノミネートした。メキシコの国境線で起きる麻薬戦争に不法な手段で介入する舞台を描いたサスペンスだ。CIAは国外での活動を禁じられているが彼らは国境を越えてメキシコに潜入し、カルテルの金庫番を襲ってそれを内部の裏切りによって起こったように見せかけたり、おとり捜査で仕掛けたり、人殺しも平気でやるモラルのない捜査を行う。無法の麻薬カルテルとの戦いには、こちらも善悪のボーダーラインを越えなくてはならない!CIAは顧問としてアレハンドロという正体不明のコロンビア人を雇っている。彼の別名は「シカリオ」。スペイン語で殺し屋という意味だ。アレハンドロはかつて検事だったがカルテルの報復で家族を処刑され、殺し屋になった。演じるべニチオ・デル・トロは正気を失った目をぎらつかせて無表情で仕事を遂行する。彼を信頼するCIAのグレイヴァー(ジョシュ・ブローリン)はモラル無き戦いにどう挑むのか?

 アメリカ国内で自爆テロが発生。アメリカ政府はメキシコを名指しで批判。カルテルによって彼らがアメリカに不法入国したとして実力行使を宣言する。
 CIAのグレイヴァーはカルテル同士の抗争を誘発させるため、最大派閥のボスの娘、イザベルを拉致し、自分たちで救出する。「娘をさらったのは対立しているカルテルの仕業だぞ」というわけ。
 娘を連れた装甲車をメキシコ警察が先導する中、メキシコに入国するグレイヴァーらだが、突如メキシコ警察から銃撃される。自作自演がバレていた!なんとか撃退するも銃撃戦の最中にイザベルが逃亡する。アレハンドロが娘の後を追いかけ、危険なメキシコ国内にこれ以上留まれないグレイヴァーらはアメリカ軍基地に逃げ込む。無事基地に入った彼らにアメリカ政府から作戦の変更があったと知らされる。自爆テロの犯人はメキシコの麻薬カルテルとは無関係だったことが判明し、メキシコ政府から「この落とし前をどうつける」と迫られたのだ。
 アメリカ政府はこの作戦をなかったことにするためイザベルを殺して穴を掘って埋めろと非情の命令を下す。そのころイザベルを捕まえたアレハンドロが娘を連れて帰ると連絡するがグレイヴァーはお前が殺して埋めてくれと依頼。しかし「そういうわけにはいかない」と命令を拒否。父親にも見捨てられ、寄る辺のない娘はアメリカが承認保護プログラムを発動させて救うべきだと。グレイヴァーは「ならば、お前ともども殺すしかない」とヘリで再度メキシコに潜入する。


 人の命を紙よりも薄く扱うメキシコ麻薬戦争を前に「善悪のボーダーライン」を越えた非道の殺し屋、アレハンドロが「人としてのボーダーライン」は越えられないと娘を守ろうとする流れは前作とは違うエモーショナルさがありながら前作に匹敵する緊迫感を生み出した。
『トラフィック』『エスコバル 楽園の掟』と麻薬戦争モノ映画には欠かせないべニチオ・デル・トロの存在感に圧倒されてほしい。





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Posted by 縛りやトーマス at 14:07│Comments(0)映画
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