2019年09月20日

恐怖と笑いの緩急『アス』

恐怖と笑いの緩急『アス』

 長編デビュー作『ゲット・アウト』でいきなりアカデミー脚本賞をゲットしたコメディアン、ジョーダン・ピール監督の最新作。
 ジョーダン・ピールを始めてみたのは、制作・脚本を手掛け、日本ではビデオスルーだったコメディ『キアヌ』だ。レル(ジョーダン)は最愛の恋人からフラれたショックで自殺を考えるが、家の前にいた野良猫を拾い、猫に癒されることで立ち直る。猫にキアヌと名付けたレルはキアヌを使って映画のワンシーンをミニチュアで再現、撮影して大喜びするのだ。

恐怖と笑いの緩急『アス』
恐怖と笑いの緩急『アス』

 ある日、従兄のクラレンス(ジョーダンの相方、キーガン=マイケル・キー)と出かけ帰宅するとレルの家は荒らされキアヌは消えていた。地元ギャング団が部屋を荒らしていたと聞き、二人はギャング団のアジトへ。ボスのチェダーがキアヌをかわいがっており、仕事をする代わりに猫を返すという。チェダーはレルたちを正体不明の殺し屋コンビ、アレンタウン・ブラザーズと勘違いしていたのだ。

 どう見たって凄腕の殺し屋には見えない二人がキアヌのためにアウトローぶって、チンピラ相手に一発かます場面は爆笑必至。クライマックスはキアヌが主演した『ジョン・ウィック』ばりの大ドンパチになるのも最高。シリアスな中にふっと笑いを放り込んでくるセンスが抜群で、長編デビュー作の『ゲット・アウト』でもドシリアスな場面に突然ギャグが入り込むのでおかしくてたまらなかった。そして『アス』もそのセンスが遺憾なく発揮された。


 1986年、カリフォルニア州サンタクルーズ。少女アデレードは子供のころ、お化け屋敷のミラーハウスで辺り一面鏡の部屋に迷い込み、その中で鏡に映った自分ではなく、自分そっくりの少女を目の前にして気を失ってしまう。それがトラウマのなり失語症に陥るのだが、長年のリハビリを経て、失語症を克服、結婚もして二人の子を持つ母親となる。
 ある年の夏に家族は別荘のある避暑地サンタクルーズへ訪れる。そこは、アデレードにとって子供のころの忌まわしい記憶が残る遊園地のある場所だった。夜、夫にかつてこの地で経験した出来事について話すと突然停電が起きる。外を見ると赤いツナギのような服を着た4人の男女が暗闇に立っている。その4人の顔は自分たちと瓜二つの者、“アス”(私たち)だった。4人は家に侵入し、奇抜な行動を取る。アデレードと同じ顔をしたレッド(ルピタ・ニョンゴ。二役)は「私たちは、アメリカ人だ」としわがれた声で語り掛ける。


 避暑地の別荘で奇妙な来訪者によって平穏が破壊される、という展開はミヒャエル・ハネケ監督の『ファニーゲーム』を彷彿とさせる。裕福そうな家族が休暇を過ごす別荘に白い手袋を嵌めた紳士然とした若者二人が現れ、「卵を貸してください」と頼む。彼らに卵を渡したために家族は不条理としかいいようがない目に遭ってしまう。


 この『アス』も同じで、アデレードの家族はアスに不条理極まりない仕打ちを受ける。アスの目的は同じ姿かたちをしたアデレードの生活を乗っ取ることだ。アデレードの家庭は別荘をもってそこに遊びにいくぐらいの生活をする富裕層なのに、同じ姿かたちのアスたちは恵まれた生活をしているようには見えない。アスは特権に与れなかった者たちの象徴だ。アデレードらのような特権階級の人間たちの生活はアスのような人々を搾取して成り立っている。
 搾取され続けた人間が「我々から奪ったものを返せ」と襲ってきたとき、搾取し続けてきたことを蔑ろにして、特権階級であることを無自覚に受け入れてきた人間はどうするだろうか?戦うのだ。バットを持ち、ゴルフクラブを振るって同じ姿かたちをしたアスと戦って殺すのだ。


 本作の冒頭、テレビに『ハンズ・アクロス・アメリカ』なるイベントのCMが流れる。これは1986年にアメリカで実際にあったチャリティーイベントだ。お金を払うと行くべき場所が伝えられて、そこにいる人と手をつないでくれ、そしてアメリカを東海岸から西海岸までつなごう!という無理のあるイベントで、この前年度にウィー・アー・ザ・ワールドでアフリカの貧困を救おうとして大成功を収めた、同じところが今度はアメリカの貧困を救おうと企画されたのが『ハンズ・アクロス・アメリカ』だった。が、こちらは大失敗する。遠い外国の、テレビでしか見ないような貧困は救おうとするが、自分の国で普段目にするホームレスらの貧困は救おうとしなかったのだ。彼らの搾取の上に特権階級の生活は成り立っているのに!

 同じ姿かたちをした、搾取される人々の存在を忘れてはならない、というテーマに搾取され続けている僕などは深くうなづくしかない。ホラー映画にただならぬメッセージを込めたジョーダン・ピール恐るべし。


 ・・・といった深いメッセージに戦慄するも良し、突然の笑いに手をたたいて笑い転げるも良しなのだ。
 劇中、暗闇に黒人が現れたら怖いよね~どこにいるかわからないし!という真夜中のサンコン探しレベルのネタや、玄関に合鍵を隠しておいたら、それを見つけられてしまうというところで旦那が「お前は白人か!」(そんなところに黒人は鍵を隠さない)と奥さんを叱る、黒人をネタにしたベタなギャグの数々がすごくシリアスな場面でいきなり放り込まれてくる、この恐怖と笑いの緩急さ、日本人の私たちも爆笑です。





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Posted by 縛りやトーマス at 22:55│Comments(0)映画
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